「医者に聞きたい!」ドクター都のほろ酔いがん相談

がんについて対話形式でじっくりと分かりやすく説明していきます。ほろ酔いで(笑)

ケース23 スキルス胃がんの心配をする高橋さん

ケース1で登場した高橋さんが、再び登場です。 

胃がんの予防について相談です。 

 

 

高橋さん(以下T):知り合いの娘さんがスキル胃がんっていうので亡くなったらしいんだよ。まだ若かったのに、胃がんになるんだねぇ。

 

Dr都(以下Dr):通常の胃がんは50歳以上から増えてきますが、スキルス胃がんはちょっと特殊で、30~40代の特に女性に多いです。発見するのが難しいので、診断された時にはかなり進行していることが多いですね。

 

T:何で発見しにくいの?

 

Dr:通常の胃がんが胃壁の内側に向かって大きくなっていくのに対して、スキルス胃がんは胃壁の中をはうように広がっていきます。ですから、胃カメラで内側から見ても早期のスキルス胃がんはまず分かりません。進行して胃が変形してきて初めて気づかれることもありますし、それでも分かりにくいことがあります。逆に、胃のバリウム検査の方が胃全体の形を見るので変形に気づきやすく、スキルス胃がんを見つけやすいですね。通常の胃がん胃カメラの方が見つけやすく、スキルス胃がんバリウム検査の方が見つけやすいので、調べる時は胃カメラをメインで行い、数年に1回はバリウム検査で良いと思います。

 

 

T:なるほど。参考にさせてもらうよ。

 

Dr:もう一つ、スキルス胃がんは胃壁の中をはいながら、外にも向かって広がっていきます。がんが胃壁突き破って胃の外、お腹の中に顔を出しやすく、そうなると腹膜播種といってお腹の中にがんがまき散らされます。スキルス胃がんと診断された人の約半数は、診断時にはすでに腹膜播種があり、ステージ4の状態と言われています。この状態では基本的に手術は行わず、抗がん剤治療となります。

 

T:いきなりステージ4か…そりゃあ大変だね。スキルス胃がんの原因は何なの?

 

Dr:ピロリ菌ですね。

 

T:この前、がん予防の話の時にピロリ菌が出てきたね。

 

Dr:今、日本人がかかっている胃がんの98%がピロリ菌が原因だと言われています。胃がんを予防するためには、何よりもまずピロリ菌の除菌が必要です。

 

T:それだけで済むなら絶対やった方がいいね。どうやって検査するの?

 

Dr:①胃カメラをした際に胃壁の組織をつまんで、その中にピロリ菌がいるかどうかを調べる、②血液検査で調べる、③呼気で調べる、④尿や便で調べるの4つの方法がありますが、どれも100%ではありません。もし一つの検査で陰性だったとしても、時間をおいてもう一つの検査で再度調べてみてください。それでも陰性であれば大丈夫です。

 

T:呼気や尿でも調べられるんだね。で、陽性なら除菌するんだっけ?

 

Dr:そうですね。抗生剤2種類と胃薬を7日間飲んでもらいます。それで90%以上は除菌できるのですが、ダメだったら抗生剤を変えて再度除菌します。

 

T:一度除菌しても、またピロリ菌に感染することはあるの?

 

Dr:確率はかなり低く2%以下だと言われています。ピロリ菌の感染ルートは井戸水など水を介してのルートが考えられており、上下水道の整った現代では水から感染することはほぼありません。また、胃酸が弱い幼児などは感染しやすいですが、大人になってからの感染はほとんどありません。他には幼少期の口移しでの感染には要注意です。

 

T:昔は、大人がご飯を口の中でかみ砕いてから子供にあげたりしていたからなぁ。

 

Dr:最近は虫歯予防の観点からも行われなくなってますね。胃の中がピロリ菌に感染すると慢性胃炎という状態になり、その後時間をかけて萎縮性胃炎という胃酸が出ない状態に移行します。そして萎縮性胃炎のうちの約1%が胃がんになります。ところが、スキルス胃がんは萎縮性胃炎を介さずに、ピロリ菌の感染胃炎の状態で胃がんが発症します。でも、このあたりのメカニズムはよく分かっていません。

 

T:萎縮性胃炎は、かなり昔に胃カメラで言われたことがあるな。じゃあ、ピロリ菌がいる可能性が高いのかな?

 

Dr:その可能性が高そうですね。胃・十二指腸潰瘍と言われたことはありますか?

 

T:若いころに十二指腸潰瘍になったことがあるよ。仕事がかなり忙しかったしストレスも多かったからね。今でもたまに痛むけどね。

 

Dr:胃・十二指腸潰瘍になる人の80~90%にピロリ菌いると言われています。やはり高橋さんはピロリ菌を調べてるべきですね。

 

T:ピロリ菌を除菌したら、胃がんにならずにすむかな?今からでも間に合うかな?

 

Dr:ピロリの除菌をしても残念ながら100%胃がんを予防することはできません。すでに萎縮性胃炎になってしまった箇所は長い時間をかけて修復されていきますが、その過程でがんが発生することがあります。ですから、除菌後も胃がん検診は必ず受ける必要があります。

 

 

T:油断はできないね。スキルス胃がんも除菌で予防できるんだよね?

 

Dr:スキルス胃がんの場合は、萎縮性胃炎を介さずになるので、より除菌効果があります。ですから、できるだけ早い年齢で除菌をしたいですね。中学生のうちからピロリ菌の検査を行って、胃がんを減らそうと試みている自治体もありますよ。

 

T:そりゃあいいね、ぜひやって欲しいね。

 

Dr:ただ、衛生環境の整った今の子供たちはピロリ菌の感染率がかなり低いので、全員を対象に調べるにはコストの問題があります。1974年の調査では10代のピロリ菌感染率は約20%でしたが、2014年には数%もありません。ちなみに、30代、40代でも、1974年は約70%、約90%だったのが、2014年では約10%、25%と激減しています。

 

T:これからは、胃がんもどんどん減ってくるんだろうね。

 

Dr:そうですね。ただ、60代と70代の人は、2014年時点でも約50%、約60%とまだ多いので、チェックが必要ですね。

 

T:じゃあ、何で胃がん検診にピロリ菌を加えないんだろうね。

 

Dr:ピロリ菌に感染していても胃がんであるとは限りませんし、胃がんになるとも限りません。費用対効果もですし、ピロリ菌を調べることが胃がんの死亡率を減らすことにつながるとは言えず、胃がん検診には加えられていません。でも、若い人も含めて積極的に公費でピロリ菌検査を行っている自治体が増えてきたので、将来は胃がんを撲滅できるようになるかもしれないですね。

 

T:予防できるがんを国で予防してくれるとありがたいね。

 

Dr:そうですね。そんな世の中になって欲しいですね。

 

 

~ちょっと一言~

 ピロリ菌感染者の減少に比例して、胃がんは昔と比べて死亡率がどんどん低下しています。肝臓がんと同じく、胃がん感染症のコントロールで予防できるので、将来は胃がん死亡率がゼロという日が来るかもしれませんね。

 

ケース22 大腸がんの再発を心配する柴田さん

大腸がんの手術を無事に終えた柴田さんが、今度は再発が心配ということで相談がありました。

 

柴田さん(S):手術は無事に終わって、ステージIIという結果でした。主治医の先生は今後再発しないかどうか定期的に診ていきましょうと言っていたんだけど、再発は大丈夫かな?

 

Dr都(以下Dr):ステージIIだと手術でがんをすべて切除できたことになるので、基本的には再発の心配はいらないかな。ただ、手術前の検査で見つけきらなかった微小ながんが体に残っている可能性がないわけではないよ。大腸癌研究会の少し古いデータでは、完全切除術後の再発率はステージIで4%、ステージIIで13%、ステージIIIでは30%と言われているね。。

 

 

S:13%か…微妙だな。

 

Dr:ステージIIでも、がんの顔つきが悪かったり血管やリンパ管への食い込みが強い場合には、再発率が少し高くなるので、再発率を下げるために手術後に抗がん剤治療をすることもあるね。

 

 

S:俺の場合はどうなんだろ?

 

Dr:主治医の先生から抗がん剤治療の説明を受けていないんだったら、再発の可能性が低いタイプだったんじゃない?大腸の中のどこのがんかでお再発の可能性は変わってくるけどね。

 

S:心配だなぁ。再発の可能性を下げる方法ってなにかあるの?

 

Dr:ステージIIで再発の可能性がある場合や、ステージIIIの場合は、手術後に半年間くらい抗がん剤治療を行うことがほとんどだね。それで再発率が10%ほど減らせると言われているよ。ただ、抗がん剤を使用すると副作用の問題があるからね。

 

S:抗がん剤か…できればしたくないなぁ。もしするとなると、どのような副作用があるの?

 

Dr:現在、手術後の抗がん剤治療には①5FU+LV、②UFT+LV、③カペシタビン、④FOLFOX、⑤CapeOXの5種類があって、それぞれ患者さんを見て選択することになっているよ。①と④の場合は、ポートと言って抗がん剤を持続的に注入できるようにするための、器具を皮下に埋める手術をしなければならないんだ。

 

S:うへぇ、また手術かぁ。それは嫌だなぁ。

 

Dr:ポートは局所麻酔で日帰りでできるから、そんなに負担はないよ。それに治療が終われば取り出してもいいしね。

 

S:とは言われてもなぁ。ポートを使わないですむやつは、効きが悪かったりするの?

 

Dr:必ずしもそうではないよ。それにそれぞれ特徴があるんだ。内服だけで済むのは②と③だけど、カペシタビンには手足症候群という副作用があって最後まで続けられない人が結構いるんだ。手足症候群は、手や足のしびれや痛みなどの感覚の異常や、手や足の皮膚の赤みや色素沈着、ひび割れ、水ぶくれ、爪の変形や色素沈着といった副作用の総称なんだけど、手を使う仕事をしていたり、主婦など家庭で水を使う機会が多い人には向かないね。

 

S:うーん。俺の仕事はパソコンを使ったり細かい手作業があるから、③は避けたいかな。

 

Dr:カペシタビンは、手術できない大腸癌、つまり進行や再発大腸がんにも使われているんだけど、抗がん剤の効果が高い人ほど手足症候群が起きやすいと言われているんだよね。50~77%の人に起こるんだけど、もし起こったら減量か中止かしなければならないんだ。患者さんは日常生活がままならないけど、効いているなら続けた方がいいのか…と悩んじゃうことが多いね。セルフケアである程度は対処はできるけど、手足症候群を長引かせると回復が難しくなるから、医者側は中止を勧めるかな。減量した場合の効果は不明だし。

 

S:なるほどね。⑤もカペシタビンが入っているのかな。じゃあ、⑤も難しいな。同じ内服の②はどう?

 

Dr:ひどい下痢や口内炎、骨髄抑制が起こることがあるよ。逆にカペシタビンには骨髄抑制が少ない。

 

S:むむむ、安全な抗がん剤治療は無いということだな。

 

Dr:抗がん剤には必ず副作用があるからね。それが軽いか重いかは人によるんだけど、どんな人に重い副作用が出るかは、残念ながらやってみないと分からないんだ。

 

S: じゃあ、再発の可能性を減らしたいからと言って、無理に抗がん剤をするのは止めた方がいいんだね。

 

Dr:そうだね。ちなみに、④と⑤はそれぞれ①と③にオキサリプラチンという抗がん剤を加えたものだから、より副作用の頻度は多くなるかな。

 

S:その分効きそうな気がするねぇ。

 

Dr:④と⑤はオキサリプラチンによる上乗せ効果で、再発を20~30%抑えると言われているんだけど、オキサリプラチンは手足のしびれという副作用があるんだ。特に⑤なんかは、カペシタビンの手足症候群とオキサリプラチンの手足のしびれが同時にでると、かなり大変だね。

 

S:じゃあ、再発予防になんて使わない方がいいんじゃない?

 

Dr:再発のリスクが高い人にはやっぱり使いたくなるよね。リスクが低かったり、高齢だったりしたら、他のものでもいいんだけど。

 

S:なるほどね。使い分けがある訳ね。

 

Dr:あとは、その人の生活環境や就労状況にも応じて抗がん剤を選択するかな。外来通院が厳しい人は内服だけにするとかね。

 

S:医者はいろいろと考えているんだなぁ。大変な仕事だよ。

 

Dr:生活環境や仕事に合わせて抗がん剤を選んでも、合わなかったら、別の抗がん剤を強いることになるか、中止するしかないから、患者さんも大変だよ。

 

S:俺の場合、再発のリスクが低いかどうかもう一度主治医に聞いてみようっと。次の外来が来月だから、手術からちょうど2か月後だな、

 

Dr:あ、ちなみに、再発予防の抗がん剤治療は、通常手術後4~8週に始めることになっているよ。

 

S:げ、俺ぎりぎりじゃん。

 

Dr:心配だったら、外来を早めてもらったら?主治医もちゃんと考えているし大丈夫だと思うけど。

 

S:そうするよ。

 

 

~ちょっと一言~

手術が無事に終わったら、皆さん今度は再発の心配がでてきます。再発のリスクを下げたい気持ちは分かりますが、抗がん剤には必ず副作用があるので、どうするかは主治医とよく相談ですね。

 

ケース21 すい臓がんで働き方が変わった石井さん夫婦

今回登場するのは、先月すい臓がんが見つかった石井さんの奥様で、私のジム仲間です。

旦那さんの面倒を見るために今の勤め先を退職するとのことです。

 

 

石井さん(以下I):都先生、夫がすい臓がんになってしまいました。夫の世話をするためにしばらくはジムには伺えませんのでご挨拶にまいりました。

 

Dr都(以下Dr):そうでしたか。手術なさるのですか?

 

I:はい。主治医から、すい臓がんの手術は外科手術の中でも特に難しく、患者の体の負担が大きいと伺いましたので、手術後もサポートできるようにと仕事も退職する予定です。

 

Dr:確かにすい臓がんの手術は外科医も患者さんも大変ですね。旦那さんはお仕事はどうされたのですか?

 

I:夫はすい臓がんと診断された後すぐに会社に退職願いを出しましたが、上司の計らいで現在は保留となっているようです。

 

Dr:朝日新聞が行った「がん患者さん300人への就労に関するアンケート」では、診断後1か月以内に働き方を変更した患者さんは26%おり、そのうち12%は診断直後に働き方を変更したそうです。このアンケートはがんサバイバーの方が対象でしょうから、末期の人やはじめから余命が短い人などは入っておらず、おそらく割合はもう少し高くなると思います。

 

I:主治医からも治療に専念するようにと言われたようなので、夫もすぐに行動に移したのでしょうね。

 

Dr:そのアンケートでは、1か月以内に働き方を変えた人は、中小企業に勤めている方や女性、非正規雇用の人が多かったようです。そして約3分の1が依願退職という結果でした。

 

2013年に行われたがん体験者の悩みや負担等に関する実態調査では、「仕事を続ける自信がなくなった(37%)」「会社や同僚仕事関係の人に迷惑をかけると思った(29%)」の二つが上位を占めていました。

 

I:夫は会社側に迷惑をかけるからとも言っていました。

 

Dr: 確かに短期的には会社側も大変かもしれませんが、治療後に復職できる可能性も十分ありますし、そうなると退職された方が会社にとっての損失が大きいかもしれません。がんと就労の問題では「診断後の混乱した状況では即決しないように」と患者さんに伝えることが重要だと言われています。

 

I:でも、すい臓がんって長く生きられないんですよね?復職の可能性なんてあるのでしょうか?

 

Dr:すい臓がんの手術後にTS-1という抗がん剤を内服すると、5年生存率が44%だったという最新のデータがあります。ですから、復職は十分可能だと思いますよ。

 

I:少し希望が出てきました。夫は仕事が大好きなので、復職したがると思います。

 

Dr:ただ、そのアンケートで、傷病手当金の受給期間が6か月未満と6か月以上だった人を比べたところ、前者は復職率が7割なのに対して、後者は2割ほどしかありませんでした。

 

I:どうしてそのような差がでるのでしょうか?

 

Dr:休暇制度の問題が考えられます。実際、先ほどの実態調査では「治療や静養に必要な休みを取るのが難しかったから(20%)」という理由が第3位でした。傷病手当の受給基準に「連続して3日休み、さらに4日目以降も休みとなる時」というのがあります。検査や抗がん剤治療での外来通院や体調不良などで月の何日かだけ休むといった場合には傷病手当は適応されず、休暇制度を利用するしかありません。その際に、時間単位の年次有給休暇や病気休暇制度があれば、仕事をしたままでも治療を続けやすくなります。

 

I:夫の会社にはその制度があったと思います。

 

 Dr:それは良かった。時間単位の年次有給休暇がある企業は16.2%(2015年)しかなく、病気休暇制度がある企業は22.4%(2013年)しかないと言われているんですよ。

 

I:そんなに少ないんですね…。

  

Dr:2016年に「治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」というのが作成されました。その中で、先ほどの休暇制度に加えて、短時間勤務や在宅勤務などの制度を整備するよう書かれています。他には、「当事者やその同僚となりうる全ての労働者や管理職に対して両立支援に研修等を通じた意識啓発」や「労働者が安心して相談・申出を行える相談窓口及び情報の取扱い等を明確化」という項目があります。

 

I:これからどんどん良くなっていくかもしれませんね。

 

Dr:それに加えて、2018年4月からは療養・就労両立支援指導料が算定できるようになりました。これは、就労中のがん患者さんについて、企業の産業医への情報提供、状態変化に応じた就労上の留意点に係る指導を行い、産業医からの助言を踏まえた治療計画の見直し等を行った場合に加算が付くというものです。これまで、病院側は両立支援への取り組みは無償で行っていましたが、今後加算が付くことできちんと報酬が生まれることになったので、支援が進んでいくかもしれません。

 

 I:夫の企業は産業医がいるのかしら…。

 

Dr:労働者が50人以上いる企業であれば、必ず産業医がいるはずです。産業医がいないと成り立たないという問題はあるのですが…。

 

I:じゃあ、夫の会社は産業医がいます。安心だわ。

 

Dr:あとは、がん患者さんに付き添うご家族の方へもサポートがあると良いのですが、まだその制度はありません。もし、余命が短かいがん患者さんに四六時中付き合うといった場合には介護休業給付金がもらえるのですが、手術前後の休暇には適応となりません。

 

I:そこまで高望みはしません。とりあえず、夫の手術の無事を祈るばかりです。

 

Dr:そうですね。無事に手術を終えられますよう願っています。

 

 

~ちょっと一言~

がん患者さんと就労は昔から問題視されていましたが、数年前からやっと国が本腰を上げてくれました。しかし、職場の仲間や企業の理解がそれに追いついていないという現状があります。もっとがんに対しての理解が世間に広げていかなければなりません。

ケース20 治療をあきらめたくない中村さん(61歳、女性)

今回登場するのは、肺の病気とリウマチがある中村さんです。

肺がんが見つかったりましたが、持病のため、手術をはじめとした一切の治療ができないと言われたらしく、どうしたらよいか電話で相談がありました。

 

 

中村さん(以下Nさん):私はリウマチと特発性肺線維症で治療中なのですが、先月肺がんが見つかってしまって…。腫瘍マーカーやPETの結果から、肺がんで間違いないだろうということでした。

 

Dr都(以下Dr):特発性肺線維症の方は肺がんを合併することがありますからね。それで治療はどうされることになったのですか?

 

N:それが…主治医からは「肺線維症があるから、治療をするとかえって寿命を縮める。何も治療しない方が良い」と言われまして…。

 

Dr:そうなんですね。確かに肺線維症の患者さんは、手術や抗がん剤放射線治療の影響で肺の状態が悪化し、最悪命にかかわる可能性があります。でも、必ず起こるわけではありません。ちなみに、PETで肺以外に転移はありましたか?

 

N:リンパ節が1つだけ腫れていましたが、それ以外は転移はありませんでした。がんの大きさは2cmで横隔膜ぎりぎりにあるそうです。

 

Dr:ステージは2Bか3Aですね。手術をトライしてみる価値はあるかもしれませんね。ホスピスを考えるには早い気がします。

 

N:一応、内科の主治医に紹介されて外科も受診したんですけど、外科の先生からも「手術はしない方がいい」と言われました。先生方の、合併症を心配されるお気持ちも分からないではないのですが、がんを抱えたまま過ごすのは嫌なんです。

 

Dr:もう一度主治医と相談してみてはいかがでしょう?

 

N:外科を受診した後、内科の主治医の先生ともう一度話をしたんです。そうしたら「ホスピスはどこも混んでいるから、早いうちに申し込みをした方が良い。紹介状はいつでも書きますよ」って…。

 

Dr:セカンドオピニオンについてはお話しされましたか?

 

N:ずっと私の肺を診てくださっている先生が「治療法がない」と言われたくらいなので、よそに行っても同じような返事だと思い、セカンドオピニオンは考えておりませんでした。息子や親せきが、陽子線や重粒子線、免疫療法はどうかとかいろいろと話を持ってきてくれるのですが、どうしてよいか分からなくて…。でも、諦めたくないんです。

 

Dr:リンパ節転移がありますし、肺線維症だと普通は陽子線や重粒子線は断られるでしょうね。リウマチでおそらく免疫を抑える薬を使用していると思うので、免疫細胞ががん細胞を攻撃する免疫療法も厳しいでしょうね。手術後の合併症で状態が悪化する可能性はありますが、手術治療が一番根治の可能性があります。

 

N:他の病院では手術をしてくれるのでしょうか?

 

Dr:肺の状態次第ですね。中村さんは今酸素は吸っていますか?普段の生活で、買い物に出かけたり、2階まで階段を上がったりしできますか?

 

N:労作時だけ酸素を1L吸います。安静にしていると大丈夫で。買い物の時は酸素ボンベを携帯しますが、自宅内では使わなくても2階へ上るのはできます。

  

Dr:分かりました。中村さんのような肺線維症を含めた特発性間質性肺炎の肺がんの手術では、術後約10%の症例で急性増悪をし、そのうちの術後30日以内の死亡率が45%というかなり厳しいデータがあります。それを中村さんが理解したうえで手術を希望されるのであれば、手術を引き受けてくれる外科医はいると思います。セカンドオピニオンをしてみてはいかがでしょう。

 

N:希望の光が見えてきました。

 

Dr:中村さんのような高リスクな患者さんの場合、リスクを恐れて手術を断る外科医もいれば、手術をしたいがために簡単に引き受けてしまう外科医もいいます。良い外科医だと、リスクをしっかりと評価し、様々な合併症の可能性だけでなく、その対策まで説明してくれます。どれだけ親身になってくれるかが見極めるポイントですね。

 

N:いろいろなお医者さんがいるんですね…。

 

Dr:高リスクな患者さんの手術は、患者さんだけでなく、外科医も相当な覚悟がいります。万が一合併症で死亡した時は、訴えられることだってありますからね。

 

N:手術を引き受けるだけでありがたいのに、訴えるなんてそんな…。

 

Dr:患者さん本人が納得していても、亡くなった後に遺族が訴えることもあります。そういった可能性を考えて、高リスクな手術には消極的な外科医もたくさんいますし、その気持ちも分かります。でも、手術をしてくれる外科医は必ずいますよ。 

 

N:でも、どうやって見つければよいのでしょうか。

 

Dr:「肺線維症(間質性肺炎) 肺がん 手術」でインターネットで検索をかけると、結構な数の病院が出てきます。がん患者さんは時間が限られているので、その中で数か所だけピックアップしてセカンドオピニオンを受けると良いと思います。同じような手術をどれだけ経験しているかを訪ねてみてください。

 

N:分かりました、やってみます。ありがとうございました。

 

 

~ちょっと一言~

高リスクながん患者の治療には、はなから拒否反応を示したり、逃げ腰だったりと消極的な医師は少なくありません。何かあれば訴えられる時代なので、それも仕方がないことだとは思います。しかし、高リスクな患者さんでも、ちゃんと治療を引き受けてくれる医者はいます。諦めずに、インターネットを活用したり、病院に問い合わせたりして探し当ててほしいと思います。

ケース19 骨折がきっかけで前立腺がんが見つかった椎名さん

今回登場するのはお父様に前立腺がんが見つかった飲み仲間の椎名さんです。

発見した経緯が前立腺がん独特のものでした。

 

 

椎名さん(以下S):いたいた、都先生探していたんだよ。隣いい?

 

Dr都(以下Dr):構いませんよ。何か飲まれます?

 

S:じゃあ、ビールで。そうそう、実は親父がさ前立腺がんになったんだよ。

 

Dr:前立腺がんは最近増えていますね。2016年のデータでは、男性の患者数は胃がん、肺がんに次いで3位で、2020年には1位になると予想されています。年齢が上がるにつれて増えていき、70歳以上だと200人に1人くらいが前立腺がんになると言われています。お父様は今おいくつですか?

 

S:そんなに多いんだね。親父は今81歳かな。それがさ、この前転んで腕の骨を折ったんだけど、それで見つかったんだよ。おしっこするのに時間がかかるとか、たまに尿漏れしたりはあったらしいんだけど、それ以外は痛みとか何も無かったらしいんだ。そんなことってあるの?

 

Dr:前立腺がんは早期では症状がほとんどないですし、進行して排尿障害が起きても、年配の人だと「歳だから仕方ない」と思っていて、発見が遅れることがありますね。比較的早期でも骨に転移することがあるし、骨転移部分の骨折を契機に見つかることもまれにありますよ。

 

S:じゃあ、親父はそれかなぁ。そういえば、肋骨にも転移しているって言われたな。

 

Dr:これから他にも出てくるかもしれませんね。お父様はがん検診は受けていらしたのでしょうか?5自治体からPSA検診のお知らせが着ていたと思うのですが。

 

S:何だい、そのPSAって。親父は病気は一つもないから病院にも全然いかないんだって自慢していたくらいだから、検診も受けていなかったかもね。

 

Dr:PSAというのは前立腺特異抗原のことで、前立腺がんや、前立腺肥大、前立腺炎などがあると高い値が出ます。PSAが高ければ高いほどがんの確率が高くなるので、前立腺がんの検診に用いられているんですよ。

 

S:俺は今44歳だけど、そのPSA検診を受けた方が良い?

 

Dr:前立腺がんは50歳以上に多いので、自治体の検診は50歳以上の人に通知が行きます。44歳だと人間ドックのオプションか自費で調べることにになりますね。前立腺がんは遺伝的要素もあるので、家族歴がある人は40歳を過ぎたら調べても良いですね。

 

S:毎年調べた方が良いの?

 

Dr:もしPSAがかなり低ければ、3年に1回で良いと思います。前立腺がんは基本的に進行がゆっくりですし、50歳未満だと確率も低いので。

 

S:じゃあ、慌てなくてもいいってことね。もしPSAが高かったらどうするの?

 

Dr:直腸診やエコーで調べて、怪しければ生検といって直腸の中から針を刺して組織を取ります。それでがんかどうかと、悪性度が分かります。もしがんが小さくて悪性度が低ければ、急いで治療せずに監視療法といって定期的にPSAを見ながら経過観察したすることもあります。

 

S:がんなのに何も治療しないってこともあるんだね。不思議な感じ。

 

Dr:前立腺がんは、死後の解剖ではじめて見つかったり、前立腺肥大症の手術で見つかったり偶然に見つかることが少なくないんです。そのような場合は、生命に影響を与えない前立腺がんだった可能性があります。早期発見して全例に治療をするとなると、治療の必要がない前立腺がんを過剰診断・過剰治療してしまうことになります。ですから、早期かつ低リスクのがんの場合は様子を見ることもあります。

 

S:でも、治療をした方が安心じゃない?

 

Dr:治療には合併症が起こる可能性があるので、治療をしたがために不利益を被る可能性はあります。もし治療をするとしても、より合併所の少ない局所だけ治療を行うこともあります。局所治療の種類位は、HIFU(ハイフ)と呼ばれる超音波治療、がんを凍らせて死滅させる凍結療法、放射性物質を入れたカプセルを前立腺内に埋め込む小線源療法などがあります。

 

S:へーっ、前立腺がんの治療っていろいろあるんだね。

 

Dr:前立腺がんは予後が良いので、こういった局所治療が積極的に行われますね。中~高リスクの症例や進行した症例になると放射線治療や手術治療が行われますが、それでも予後はかなり良いです。転移がなければ、5年生存率は100%に近いですから。例え転移があっても5年生存率は6割ほどで、他のがんに比べてはるかに高いです。

 

S:親父の場合は、ホルモン治療と骨の注射をすると言ってたかな。

 

Dr:転移がある場合はホルモン治療が選択されます。前立腺がんは男性ホルモンによって成長するので、女性ホルモンを投与して男性ホルモンの分泌を抑えたり、男性ホルモンの作用をブロックする抗男性ホルモン剤を投与したりします。また、去勢術といって精巣を切除して男性ホルモンを出ないようにする治療もあります。

 

 

S:精巣…痛そうだな。

 

Dr:もしお父様がもっと若くて、残り寿命が長いようでしたら、ホルモン剤に加えて抗がん剤を使うこともあります。81歳という年齢を考えたら、そこまではしないということなのでしょう。あとは、骨転移による痛みやカルシウムの流出を防ぐ注射を定期的に行うみたいですね。

 

S:なるほど。何で骨折で前立腺がん?という疑問からはじまってたけど、その理由や今後の治療のイメージが湧いてきた。親父も分かっていないだろうから、説明してやろうっと。都先生ありがとう。

 

 

~ちょっと一言~

本文中では触れていませんが、PSAが正常でも前立腺がんが存在する場合が少なくないため、PSAを検診で測定することに疑問を唱える人もいます。しかし、PSAを測定することで、症状が出にくい前立腺がんを早期に見つけられるようになったのは事実ですし、個人的には意義のある検査かなと思います。ただ、過剰診断の可能性もあるので、そのあたりは難しい問題です。

ケース18 子宮頸がんワクチンについて調べているあんりちゃん 後編

今回はワクチンの副反応についてお話していきます。

 

 

お母さん(M):今、娘に子宮頸がんワクチンを受けさせるかどうか、母親たちの間でも話題になっているんです。受けても大丈夫なものかどうか教えて頂きたくて。

 

あんりちゃん(A):私も自分のことだからしっかり聞いておきたいわ。

 

Dr都(Dr):マスコミが騒いで話題になっちゃいましたからね。結論から先に言いますと、接種しても問題ないというかすべきだと思います。これは多くの医者がそう考えていますよ。

 

M:でも、重篤な副作用が起こる可能性があるんですよね…?

 

A:インターネットで副作用の人の動画を見たんだけど、手足が震えたりして怖かったわ。

 

Dr:それは不随意(ふずいい)運動と言って、自分の意識とは関係なく、体がけいれんしたように動くものです。あれが映像で流れたことで、ワクチンへの恐怖感が一気に広まりましたね。ではまず、HPVワクチンによる副反応で一番多いものは何だと思いますか? そうそう、ワクチン接種後に起こる副作用は「副反応」という言い方をするので、これから副反応で統一しますね。

 

M:その…不随意運動でしょうか?

 

A:HPVワクチンは痛いって聞いたよ。あと失神するって。

 

Dr:二人とも違います。HPVワクチンは2種類ありますが、使用量が多かったサーバリックス®だと、50%以上の確率で、疼痛、発赤、腫脹、疲労感が起こります。ちなみに、どちらも9割前後で疼痛があるため、痛いワクチンと言われます。

 

M:50%以上って…怖いですね…。

 

Dr:ただ、痛みや腫れは一時的なもので、必ず消失します。次に、10~50%で、痒み、腹痛、筋肉痛、関節痛、頭痛など、1~10%でじん麻疹、めまい、熱などがあります。これらもすべて数日以内に治まります。あとは1%未満ですが、注射した部位の知覚異常、感覚鈍麻、全身の脱力があります。他に頻度は不明ですが、四肢の痛み、失神などがあります。もう1種類のガーダシル®も似たような感じです。

 

A:インターネットだけど、光を見ると目が痛むという人も見たことがあるわ。

 

Dr:そうですね、HPVワクチンの副反応には様々な症状が見られています。体の不調だけでなく、精神的な不調を訴える人もいます。

 

A:何で精神的におかしくなるの?

 

Dr:医学的にそれがよく分かっていません。でも、ワクチン接種とは関係なく、若い女性にはHPVワクチンの副反応と同じような症状が見られることは、以前から小児科や心療内科の間では知られていたんですよ。

 

M:それはどういうことですか?

 

Dr:思春期の子供たちは心身ともに大きな変化が起きています。その中で親子関係や友人関係、進路の問題などストレスが重なっていくと、心のバランスが崩れて、めまいや吐き気、疲れやすい、憂うつなどの精神的な症状が起きやすくなります。同時に、動悸や手足の不随意運動、皮膚や関節の痛み、手足の感覚が無くなるなど体の症状も起きることがあるのです。

 

A:あー、3年生にちょっとおかしくなったって人いたなぁ。奇声をあげたり急に倒れこんだりしてるって。受験のストレスかは分からないけど。

 

Dr:それも思春期の子供に起きてもおかしくないね。こういった思春期に起こりやすい症状がHPVワクチンと関係しないかを調べたデータがあって、その結果驚くべきことが分かったので話題となっているんです。

 

M:えーっ、ニュースではまったく放送していませんでしたが…

 

A:私はインターネットで見たわ。

 

Dr:名古屋市が、HPVワクチンによる薬害を証明するために、ワクチンによると考えられていた「月経不順」「関節や体が痛む」「ひどく頭が痛い」「体がだるい」「体が自分の意思に反して動く」「以上に長く寝てしまう」など24の症状についてアンケートを取って接種者と非接種者を比べてみたんですね。その結果、両者の間に差がなかったんです。つまり、これらの症状は、ワクチン接種に関わらず思春期の女子に起こりうるものだということが証明されたのです。2013年にHPVワクチンによる薬害だと大騒ぎしたマスコミは、この結果をまったくと言っていいほど報道していないんです。

 

A:私はテレビのニュースを見ないから知らないけど、インターネット上では結構記事が出ているわよ。

 

Dr:マスコミがなぜ報道しないかは不明ですが、この結果は2015年末に名古屋市のホームページに掲載されて、その半年後になぜか削除されています。削除された翌月に、全国でHPVワクチン薬害集団訴訟が起きましたが…それとの関係は不明です。集団訴訟に関しては、大々的にマスコミも報道していたんですけどね…。最近になって、当時削除された結果が論文として発表され、再び話題となっています

 

M:じゃあ、接種しても大丈夫なんですね。

 

Dr:ただ、名古屋市のアンケートだけでは何とも言えない部分もあります。HPVワクチン訴訟で問題となった就学不能なほどの激烈な記憶障害など、症状の強さは比較できません。それに、実際に被害を訴えている方の原因が完全には解明されていない中で、思春期特有の心の問題だと決定付けるのはまだ早いのかもしれません。

 

M:本当のところはまだ分かっていないということですね。

 

Dr:そうですね。ただ、最終的な決着が付くには時間がかかるので、今はリスクとベネフィットで考えるしかありません。重篤な副反応が起きる可能性は100%は否定できないけど、子宮頸がんを防ぐために接種するかどうかですね。

 

A:重篤な副反応が起こったとされている人たちは今どうなっているのかしら?

 

Dr:すっかり回復されている人もいます。いまだ解明されていないながらも、整形外科や神経内科、小児神経科など様々な科が協力して、症状をよくするために努力した結果だと思います。

 

A:良かったぁ!

 

Dr:気を付けなければいけないのは、名古屋市のアンケート結果だけで思春期によくあることだと言い切ってしまわないことです。副反応の問題が取り上げられる前は、心因性だから精神科に行くようにとか、大げさだ、嘘をついているなど詐病扱いされるなど、症状に対してまともに向き合ってくれない医者もいました。そのせいで治療が遅れてしまった人がたくさんいます。

 

 

M:親としてはショックですね。もちろん本人が一番ショックでしょうけど。

 

Dr:また、アンケートでこういう結果が出たため、ワクチン推進派の中には、ワクチンを接種していなくても同じように苦しんでいる人がいるんだからと主張する人がいます。そんなことを言っても、ワクチン接種後に実際に苦しんでいる人にとっては、何の解決にもなりませんし傷つけるだけです。また、HANS(HPVワクチン関連神経免疫異常症候群)という名前が一部で提唱されていますが、その名前を付けられても症状が具体的な治療法はありませんし、場合によっては負の烙印を押されたと感じる人もいるでしょう。

 日本医師会が作成した「HPVワクチン接種後に生じた症状に対する診療の手引き」では、無理に病名を付けずに、“持続痛”など一般的な名前の方が望ましいとしています。

 

 

A:いまだに苦しんでいる人たちはどうすれば良いのかしら。

 

Dr:ワクチン推進派や否定派がお互いの主張をぶつけ合って、患者さんを置き去りにしている現状を何とかすることでしょうか。原因や機序を解明するためには患者さんの協力が必須です。一刻も早い解明ができるように原因や機序の解明に向かって、患者さんとともに前を向くことが大事だと思います。例えば、こういった遺伝子異常があれば副反応が起こりやすいなども分かるといいですね。

 

M:ワクチンを接種する子供も親も、安心できるようになって欲しいです。

 

 

~ちょっと一言~

HPVワクチン問題はデリケートな問題で、今は論文の不正に関しての裁判など話題となっています。賛成派や否定派の主張も含めて、いまだに苦しんでいる患者さんにとっては何の解決にもなりません。苦しんでいる患者さんを救うために、また子宮頸がんを減らすために、一致団結して解明に当たることが重要だと思います。

ケース17 子宮頸がんワクチンについて調べているあんりちゃん 前編

今回登場するのは、ケース2で登場したあんりちゃん。

自由研究のテーマで子宮頸がんワクチンについて調べているとのことです。

 

 

あんりちゃん(以下A):最近、子宮頸がんワクチンについてニュースで見たので、夏休みの自由研究でちょっと調べてみようかなと思ったの。いろいろと教えてね。

 

Dr都(以下Dr):了解。その前に、あんりちゃんはそのワクチンを接種したの?

 

A:実は私もお母さんも副作用が心配だからって受けていないの。クラスの女子みんなにも聞いてみたけど、接種している子は誰もいなかったわ。

 

Dr:誰もいないか…。副作用が多く疑われるとのことで、2013年6月に子宮頸がんワクチンに対して「積極的接種の奨励中止」が決まって、国が推奨しないみたいな雰囲気になっちゃたからね。マスコミも副作用問題を大々的に取り上げてたし、接種する人が激減したんだよね。まだ定期接種にはなっていて、自治体の補助で接種できるんだけど、自治体も接種を促すにハガキを送ったりしないしからその認知度は低いかもね。ちなみに2002年度以降に生まれた女の子だと、接種率は1%未満と言われているんだ。

 

A:そうなんだ。副作用のことはお母さんも聞きたいって言っていたから、あとでお母さんが来てからね。まずは子宮のがんについて教えてください。

 

Dr:子宮が洋なしみたいな形をしているのは分かるよね。洋なしを逆さにしたような形でお腹の下の方、骨盤の中に入っているんだ。下の方に向かって細くなっている部分を頸部、上の方の丸く大きな部分を体部というんだ。

 

A:保健体育で習ったわ。丸い部分で赤ちゃんが育つんでしょ。

 

Dr:そうそう。子宮の中でも頸部と体部は構造が少し違っていて、がんが発生する原因もそれぞれ違っているんだ。子宮頸部のがんは、ヒトパピローマウイルス(HPV)が原因で、このウイルスの感染を予防するのが子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)ね。子宮体部のがんは、エストロゲンという女性ホルモンが原因なんだ。子宮体部のがんは原因がウイルスじゃないから、予防するワクチンはないんだ。

 

A:ヒトパピローマウイルスって、いろんな種類があるんでしょ。調べた時、16だの18だのたくさんの数字が出てきてよく分からなかったわ。

 

Dr:ヒトパピローマウイルス、HPVは150種類以上あると言われているんだ。でも、子宮頸がんの原因になるハイリスク型HPVと呼ばれるものはその中で13種類くらいで、中でも16型と18型というのが子宮頸がんの70%を占めているんだよ。米国がん協会の研究によると、16型もしくは18型に感染すると、そのうちの10%が3年以内に前がん病変と呼ばれるがんの一歩手前の状態になると言われているよ。

 

A:じゃあ、その16型と18型を予防するワクチンなの?

 

Dr:日本ではじめに発売されたサーバリックス®は16型と18型の2価ワクチンだね。その後に6型、11型が加わった4価ワクチンのガーダシル®が発売された。6型と11型は子宮頸がんではなく、尖圭コンジローマの原因となるタイプだね。今、世界では9価ワクチンが発売されているけど、日本ではまだ承認されていないんだ。

 

A:9価ワクチンになると副作用が増えそうね。

 

Dr:いや、9価だからと言って増えないみたいだよ。ワクチンは「価」の数も大事だけど、一番大事なのは接種するタイミングだね。HPVは性交渉によって感染するので、初めて性交渉をする前に接種するのが効果的なんだ。

 

A:性交渉ってSEXのことでしょ、すでに済ませちゃった人には効果がないの?

 

Dr:残念ながら、すでに感染しちゃったHPVを排除したり、前がん病変やがんになってしまった細胞をもとに戻す効果はないんだ。ただ、HPVは感染してもほとんどは自然に排除されてしまうので、再感染を防ぐ意味でも接種する価値はあるよ。でも、理想は初性交渉の前だね。

 

A:これって、性病…なの?

 

Dr:「性生活が盛んな人がなりやすい」とよく勘違いされるけど、性交渉の経験がある女性の50~80%は一度はHPVに感染すると言われているんだ。性交渉の経験が少ない人でも感染するし、感染経路は性交渉だとしても、性病と同じくくりにはしてはいけないね。

 

A:性交渉で移るってことは、男の人も感染しているということ?

 

Dr:そう、男性もHPVに感染するよ。男性の場合、陰茎がんや肛門がんの原因となるんだけど、子宮頸がんに比べてすごくまれで目立たないんだ。毎年約1万人の女性が子宮頸がんになって約3000人が亡くなっているんだけど、陰茎がんや肛門がんはその何十分、何百分の1くらいしかないんだ。

 

A:男の人が持ってたら女の人にうつすかもしれないのに、何でワクチンで予防しないの?おまけにがんになりにくいから?

 

Dr:本当は男性もHPVワクチンを接種した方がいいんだけどね。そういえば、男性でもHPVワクチンを接種していた政治家がいたなぁ。男性の場合は定期接種になっていないし、おまけに全くアナウンスされていないから分からないよね。

 

A:男の人だけズルいなぁ。

 

Dr:将来は、男性も女性も定期接種になって、子宮頸がんや男性のがんを予防できるようにしなくちゃいけないね。今子宮頸がんは、特に若い世代にどんどん増えているからね。2013年の国立がんセンターのデータでは、20代から30代の女性の57人にひとりが子宮頸がんになると言われていて、20年前と比べて2倍に増えているんだよ。

 

A:57人にひとりって、うち1学年2クラスなんだけど、学年にひとりは子宮頸がんになるってことね…怖いわ。

 

Dr:20代・30代って、ちょうど妊娠・出産の時期なんだけど、子宮頸がんの手術で影響が出ることがあるんだ。早期の場合は頸部の一部を切除する手術で済むので妊娠は可能だけど、子宮の出口の部分が弱くなって流産や早産が起こることがあるんだ。ちなみに、毎年1万人以上の女性がその手術を受けているんだよ。もし進行がんだった場合は、子宮を全て摘出しなければならなくて、妊娠できなくなってしまうんだ。

 

A:予防するに越したことはないってことね。HPVワクチンを接種すれば、一生大丈夫なの?

 

Dr:3回接種することで9年以上はワクチンの効果が持続すると言われているんだけど、じゃあ、20年後はどうかと言われると、ワクチンが新しいこともあり、その辺りはよく分かっていないんだ。あと、16型と18型だけで90%以上は子宮頸がんを予防できると言われているけど100%じゃないし、子宮頸がんの検診も同時に受ける必要があるね。

 

A:ワクチンだけじゃダメなのね。検診は何歳から受けられるの?

 

Dr:20歳からだね。20歳以上は2年に一回自治体から通知が来るので、それで受けられるよ。子宮頸がんは初期は自覚症状がないから検診で見つけるしかないね。生理以外で出血があったりおりものが増えたりといった症状が出ている場合には、進行している可能性があるんだ。

 

 A:怖いわ。将来検診はしっかり受けなきゃね。

 

Dr:子宮頸がんはワクチンの副作用の問題もあるけど、検診の受診率が低いことも実は問題なんだよ。42%の人しか検診を受けていなくて、アメリカなどに比べると約半分なんだ。性交経験がある女性の50~80%が感染するHPVだけど、ワクチン接種率が低いので今後もどんどん子宮頸がんが増えていくし、検診受診率も低いので、進行がんや死亡率も増えていくだろうね。

 

A:何とかしなきゃね。先生さ、うちの学校に来て講演してよ。

 

Dr:確かに、子宮頸がんの問題はあんりちゃんたちの世代にもっと広く教えなければならないよね。検診を担当する自治体だけじゃなくて、医療者側がもっとアナウンスしないと。

 

 

A:そう思うよ。あ、お母さんがもうすぐ来るみたい。副作用のことは来てから教えてね!