「医者に聞きたい!」ドクター都のほろ酔いがん相談

がんについて対話形式でじっくりと分かりやすく説明していきます。ほろ酔いで(笑)

ケース16 がんを疑われたが経過観察と言われた木下さん夫婦(45歳男性、48歳女性)

以前、徹底的にがんを調べたいということで相談があった木下さんから、再度相談がありました。

一緒に人間ドックをうけたところ、がんが疑われ専門病院を受診したそうですが、二人とも経過観察となったようです。

がんが疑われるのに経過観察とは一体どう言うことなのでしょう。

 

 

木下さん:都先生、聞いてくれよ! 妻と一緒に人間ドックでがんを調べてもらったんだけどさ、二人ともがん疑いって結果が出たんだよ。それぞれ専門の病院を紹介されたんだけど、そこで経過観察と言われちゃったんだよ。がんが疑われるのに何で放置されるんだろうね。

 

Dr都:もしかして肺がんと甲状腺がんですか?

 

木下さん:そう、よく分かったね。ものすごくショックで慌てて病院に行ったのに、様子見ましょうっだって。3か月後に再検査らしいけど。結果を持ってきたけど見る?

 

Dr都:拝見します。なるほど、木下さんの場合は、肺に9mmのすりガラス状の影が見られたのですね。で、奥さまは7mmの甲状腺がん疑いですね。これだと私でも経過観察しますね。

 

木下さん:がんを疑っているのに、何でこれ以上検査をしないんだ?不安でしょうがないよ。

 

Dr都:木下さんの肺の陰は、がんの可能性も少しはありますが、それよりは前がん病変と呼ばれるものや肺の炎症の影の可能性があります。もし炎症だと数か月後には消えてしまうことがあります。前がん病変だったとしても、数か月で悪化することは少なくて、本当にがんになるかどうか数年間CTで経過をみてから手術することもあります。

 

木下さん:数年も? なんかその間落ち着かないなぁ。

 

Dr都:もしがんかどうか確定検査をするとなると、①気管支鏡検査:かなり細い胃カメラのようなもので細胞や組織を取る、②針生検:胸の外から太い針を刺して組織を取る③手術:腫瘍そのものを切除するのいずれかの方法で病理検査に出すことになります。

いずれも合併症が起こる可能性があるため、がんが強く疑われるようになるまでは経過観察をすることが多いです。

 

木下さん:それぞれどんな合併症があるの?

 

Dr都:①気管支鏡検査では、咳や肺炎、出血が起こる可能性があります。②針生検ではかなりの割合で気胸が起きますし、出血がみられることもあります。③手術は出血や縫合不全の他に、全身麻酔による合併症が起こる可能性があります。

すべて安全な検査という訳ではないので、リスクがメリットを上回る、つまり診断を付けなければならないという場合に行います。

 

木下さん:うへぇ。じゃあ、経過観察で良い気がするよ。

 

Dr都:そうですね。次の検査まで不安はあるかもしれませんが、今の段階ではリスクの方が上回る可能性が高いですから。それに、今回の影は、おそらくレントゲンでは見つけられません。もしこれががんではなかったり、がんだとしても何年経っても進行しないものだった場合は、CTだからこそ見つけてしまった過剰診断と言えます。レントゲンだけ撮っていたら、おそらく見つからなかったでしょう。

 

 

木下さん:徹底的にがんを調べたいと言ったけど、こういうこともあるんだね。

 

Dr都:見つけてしまった腫瘍は、前がん状態や超早期がんのまま進行せず、生命を脅かさないものという可能性はあります。しかし、現在の医学ではその判断が付きません。

 

木下さん:見つけなくても良いものを見つけてしまったか…何か難しいね。

 

Dr都:そうですね。同じようなことが甲状腺がんでもあります。10㎜以下のものは微小甲状腺がんと呼ばれ、特に40歳以上では手術は行わずに経過観察をする考え方が主流となってきています。

 

木下さん:でも、肺と違ってがんはがんなんだから、手術しておいた方がいいんじゃない?

 

Dr都:手術には反回神経麻痺といって声がかすれてしまう合併症がありますし、甲状腺がんはほとんど女性がなるがんなのですが、首に手術の傷ができてしまいます。ある文献によると、35歳以上の女性の3.5%に微小甲状腺がんが存在するされています。甲状腺がんは、多くの人が気付かずに一生を終えるがんなのです。それをエコーをすることで見つけてしまったことは、過剰診断と言えます。

 

木下さん:がんなのに進行しない可能性が高いし、気付かず持っている人が多いか…

 

Dr都:以前、福島県を中心に小児の甲状腺をエコーで調べてがんが見つかったことが話題となりました。当時は30万人検査して、116人の小児に甲状腺がんが見つかりました。頻度は0.04%くらいです。これまで小児の甲状腺を大規模に調べたことがなかったので患者数がセンセーショナルに報道されましたが、実は他の県で調べてみても同じような頻度でした。見つけなくても良かったかもしれない、調べなければ一生気付かずにいて生命予後に関係がなかったかもしれない甲状腺がんを見つけた可能性があります。

 

木下さん:てっきり、放射線の影響で増えたのだと思っていたよ。

 

Dr都:福島と甲状腺がんの話は長くなるのでもう止めますが、木下さんと奥様は経過観察でよいと思いますよ。次の検査の結果で気になることがありましたら、またご相談ください。

 

木下さん:ありがとう。少し気が楽になったよ。

 

 

~ちょっと一言~

検査の精度を上げれば上げるほど様々なものが見つかるようになります。もちろん、過剰診断になる可能性があっても早めに検査や手術しても良いのですが、短い期間で検査を続けていれば、手遅れになることはまずありません。このあたりは患者さん本人と主治医の考え方次第なので、よく話し合ってお互い納得できてはじめて経過観察となります。

 

ケース15 セカンドオピニオンのことで悩む高木さん(45歳、男性)

今回登場するのは、お父様が胆のうがんの手術をされた高木さんです。

手術前後の主治医とのやり取りで不信感を抱くようになったようですが…

 

  

高木さん:父が胆のうがんで手術したのですが、ちょっと主治医を変えられないかと思いまして…

 

Dr都:どうしたのですか?

 

高木さん:実は、手術前の説明と手術後の説明が違っていて、主治医に不信感を持つようになってしまって…。

父も納得がいっていないとことはあるようなのですが、お世話になっている先生だからと、このまま主治医を継続するようなのです。ただ、私たち子供たちは、皆主治医を変えたいけど、どのようにすれば良いか悩んでいるんです。

 

Dr都:まずはセカンドオピニオンという方法が良いでしょうね。

  

高木さん:セカンドオピニオンですか、いきなり転院の話をしても大丈夫でしょうか。

 

Dr都:ちょっと待ってください。セカンドオピニオン=転院ではないんですよ。別の医療機関の医師に”第二の意見”を聞くことがセカンドオピニオンであって、必ずしも転院や治療場所を移す必要はありませんよ。

  

高木さん:そうなんですね。転院が必須だと思っていたので、かなり緊張していました。

 

Dr都:セカンドオピニオンで担当医と同じ診断や治療方針を説明されたとしても、別の角度から担当医の考え方を理解できたり、病気に対する理解が深まったりすることがあります。もちろん、もし別の治療法を提案された場合には、治療の幅が広がるというメリットがあります。

 

高木さん:それならば、ぜひセカンドオピニオンを受けたいですね。

 

Dr都:セカンドオピニオンを受ける前には、現在の担当医の意見(ファーストオピニオン)を十分に理解しておく必要があります。ファーストオピニオンの「病気の状態や進行度、治療法についての考え方」を理解しないままセカンドオピニオンを受けても、かえって混乱してしまう可能性があります。 

 

高木さん:もしかすると、私たちの理解が足りていない部分はあるかもしれません…。担当医への不信感が募って、最近はあまり質問もしなくなってしまって…。

 

Dr都:一度、これまでの経過や今後の治療方針とご家族や本人の意見を話し合う場を設けることが先かもしれませんね。お互い誤解があるかもしれませんし。 その上でセカンドオピニオンを求めた方がすっきりする気がします。

 

高木さん:まずはそれからですね。セカンドオピニオンで他に何か注意することはありますか。

 

Dr都:セカンドオピニオンを受けるに行く時には、先方の医師に伝えたいことや聞きたいことを整理し、お父様の病気の経過と質問事項をメモしてから行くといいですね。セカンドオピニオンは時間が限られているので、時間を有効利用できるようにしましょう。また、できるだけひとりではなく信頼できる人に同行してもらうとよいでしょう。その際に、セカンドオピニオンの目的やこれまでの担当医の説明内容について、必ず皆で理解を共有しておいてくださいね。

 

高木さん:分かりました。当事者である父と私を含めた子供たち皆でしっかりと話し合いたいと思います。

でも、セカンドオピニオンって担当医の先生が気を悪くして、さらに関係が悪化したりしませんかね…。

 

Dr都:それは大丈夫だと思いますよ。今の時代、それで気を悪くするような医者は少ないですし、もし何かあってもセカンドオピニオンを受ける病院も現在の主治医との関係をうまく取り持ってくれますから。

 

高木さん:それを聞いて安心しました。

 

Dr都:今の医療は、従来のお任せ型ではなく、インフォームドコンセント(説明と同意)に基づいて患者側も治療方針の決定に参加するようになっています。より良い治療を求めるためには、主治医と本音でしっかりと話し合う必要があります。

セカンドオピニオンは、「最善だと思える治療を患者と主治医の間で判断するために、別の医師の意見を聞くもの」ですから、心配する必要はありませんよ。

 

高木さん:でも、やっぱり心配です…。

 

Dr都:セカンドオピニオンの目的を正しく理解していない医師や、怒りだす医師がいない訳ではありません。ただ、そのような医師だと、がん治療という経過の長い治療でずっと不安を抱えることになるので、早めに主治医を変えても良いとは思います。

 

高木さん:今の病院は父が通院しやすいし、私たちもお見舞いにも行きやすく、病院のスタッフも気持ちが良い人が多いので、できることなら転院したくないんです。

 

Dr都:セカンドオピニオンの前に、がんの患者会に参加して相談できる仲間を作るという方法もありますよ。そこで主治医との関係改善だったり最新の治療だったり、何かしらの情報を得られる可能性がありますね。

 

高木さん:そんな方法もあるんですね。ありがとうございます。

まずは早急に親兄弟で話し合いをし、主治医の先生ともしっかりと話し合ってから考えたいと思います。

 

Dr都:素晴らしい。頑張ってください!

 

 

~ちょっと一言~

忙しい診療の中で、主治医がひとりひとりの患者さんに割ける時間は限られています。そのような中で、本音で話し合ったりコミュニケーションを取るのは難しい場合が多く、お互いに誤解が生じることがあります。普段病室にいないご家族の方とだと、特に起こりやすいです。でも、しっかりと本音をぶつけて話し合うことで、誤解が解け、より良好な信頼関係が生まれることもあります。

 

 

ケース14 いとこががんの民間療法にはまってしまったという川端さん 続編

前回のお話の続きです。

今回は民間療法についてより詳しくお話していきます。

 

 

 

 

Dr都:この前、いとこさんは外来に来てくれて良かったね。今後抗がん剤治療になるけど、前向きになってくれそうだったし。

 

川端さん:ホント、良かったよ。いろいろとありがとう。今日は俺のおごりだ、たくさん飲んでくれ!

 

Dr都:やった!そういえば、例の気功とお札で治すってところは、仲の良い友人からの紹介って言ってたね。がん患者さんが民間療法に進むきっかけとして、友人や家族といった周りからの勧めの影響は大きいよね。

 

川端さん:だからと言って、あの怪しい民間療法に月15万も払うかねぇ。紹介した友人も友人だよ。

 

Dr都:その人も治してあげようと必死だったんだと思うよ。「そこの施術で、乳がんが消えて手術しなくてすんだ人がいるんだって」って体験談を聞きつけて勧めてくれたみたいだし。

 

川端さん:でもさ、実際にそんなんでがんが消えることってあるの?

 

Dr都:うーん、自然退縮と言って、がんが何もしないで消えてしまうことが10万分の1くらい確率であるとは言われているんだ。もしその体験談が本当だったとしたら、そういう人が実際に当たったのかもしれない。でも、だからと言っていとこさんの乳がんが体験談の人と同じように消えるかというと、そこにチャレンジするのは危険だよね。あとは、ああいった体験談の場合、実際は内緒で病院で治療を受けているってこともあるかもしれない。

 

川端さん:へーっ。民間療法について知りたいな。もっと教えてよ。

 

Dr都:了解。まず、医学的には民間療法は補完代替(ほかんだいたい)医療と呼ばれるんだ。

 

川端さん:ほかんだいたい?

 

Dr都:そう。「従来の標準医療と見なされていない、医学、施術、サプリメントなど」のことで、標準医療を補ったり、代替えしたりする医療ってことね。

 

川端さん:東洋医学は標準医療に入るの?

 

Dr都:ここでいう標準医療は西洋医学のことを指すから、東洋医学は入らないね。エビデンスが少ないので、日本の病院で東洋医学だけでがんを治療することはないんだ。でも、外科手術や放射線治療抗がん剤治療など標準治療の副作用の軽減に漢方薬などの東洋医学が有効なことがあるので、代替えはできないけど、補完する医療としては副作用が比較的少なくて良いと思う。

 

川端さん:でも、漢方薬でがんを治すって宣伝広告を見たことあるよ。

  

Dr都:うーん。日本のほとんどの漢方医は、漢方薬だけではがんを治せず、西洋医学と併用というスタンスなんだけどね。どうやって治すのかは分からないけど、その医師にとっては、漢方薬治療は補完医療ではなく代替医療になるんだろうね。補完医療と代替医療ってオーバーラップすることがあるから、一緒にして補完代替医療って言っているんだ。

 

川端さん:だから、面倒くさい長い名前になるんだね。

 

Dr都:面倒くさいって・・・。あとは、最近流行の免疫治療なんかも代替医療に入ると言えば入るかな。昔流行った丸山ワクチンなども代替医療だね。これらはエビデンスがない治療なので、標準治療にはなれないね。

 

川端さん:でも、それらを勧めている医者もいるんだよね?

 

Dr都:一部は、信念を持ってやっている人もいるね。免疫治療もきちんとエビデンスがあってFDAに認められたやつもあるし、それ以外でもたまに効く人もいるらしいしね。丸山ワクチンはつい最近効果無いって否定されちゃったけど・・・

  

川端さん:都先生は、患者さんがこういった治療をしたいと言ったらどうするの?

 

Dr都:昔は「そんなのにお金を使うくらいならおいしいもの食べたり、旅行したりした方がいいんじゃない」って患者さんにはしないよう話していたね。でも、そんなふうに言ったって、やっぱり患者さんは何かできることを探しちゃう。

特に、できる標準治療が無くなった末期の人とか、再発の恐怖におびえている人などは、補完代替療法が効かないかも知れないと思っていても、一縷の希望にすがることが支えになっちゃったりするんだよね。

 

川端さん:でも、ああいうのって高額じゃない?

 

Dr都:ピンからキリまであるから、ほとんどの人が払える範囲のことしかしていないと思うよ。もちろん借金してまでする人もいるけどね。

個人的には、標準治療をしっかり受けた上で、主治医と相談しながらだったら、補完代替医療は受けてもいいと思っている。もちろん経済的に負担が少ない範囲でね。主治医に相談ができるってことは、標準治療に悪い影響を及ぼす治療かどうかを判断してもらえるからね。主治医が聞き入ってくれないからって、黙って補完代替医療を受けていると、標準治療に悪い影響がでる可能性があるからね。だから、主治医との関係が関係は重要だね。

 

川端さん:確かに、そんなふうに相談できる主治医だったらいいかもね。でも、いとこのみたいな月15万円だと、さすがに主治医に止められるだろうなぁ。

 

Dr都:怒り出す医者もいるからね。怒ったり、頭ごなしに否定したりすると、患者さんには萎縮して主治医に内緒にしたり、最悪、補完代替医療に逃げてしまうかもしれない。だから、まずはその治療に至った経緯や考えをしっかり受け止めてあげて、その上でしっかり否定するか併用を認めるかを判断してあげるといいと思うんだ。経済的な負担も含めてね。そうすれば、高額な治療を受けたけど結局がんが悪化したという、経済的、精神的な負担だけ残る最悪の状態は避けられると思う。

 

川端さん:そっか。でも、末期でもう標準治療ができないって人たちは、代替医療をするしかないよね。

   

Dr都:がんを治すことだけを希望にしちゃうと、そうなっちゃうかな・・・。でも、治らなかった後がきついよね。

そんな場合は、希望の矛先を変えてあげるといいかもしれない。生活の中で大切なことや楽しみを探すことに希望を見いだしてもらい、苦痛を取るなどして生活の質をできる限り保てるよう医療でサポートする。そして、最期は家族に囲まれながら、穏やかな環境で過ごしてもらうというのを希望にしてもらうんだ。

 

川端さん:なるほどね。

 

Dr都:まあ、実際は難しいんだけどね。でも、ゴールをそこに設定したら、補完代替療法とも上手くつきあえると思うんだ。マッサージやアロマセラピー鍼灸などの補完代替医療は苦痛を緩和してくれるかもしれないしね。

 

川端さん:治すより癒やすか・・・

 

Dr都:おっ、いいことを言うね。最期を安らかに迎えるために、補完代替医療にお金を使うのは悪いことではないと思うよ。

 

川端さん:俺もそれだったら良いと思う。高額なのなさそうだし。

 

Dr都:そうだね。治ることに希望を持ち続けるのは悪いことではないし否定はしないけど、その場合の補完代替医療って基本的に高額なんだよね。藁にもすがる思いの人は高くても、治るためだと思って払っちゃうからね。

 

川端さん:弱味につけこむのは頂けないなぁ。

 

Dr都:免疫治療で500万円とか1000万円かかるクリニックもあるからね。たまに訴訟になってるけど。

 

川端さん:1000万??そんだけ取って治りませんでしたって、そりゃあ訴えたくもなるよ!

 

Dr都:最近アメリカで承認された免疫治療は1回5200万円ってのがあったね。それは日本のクリニックレベルでよくやられている免疫治療とはレベルが全然違うんだけどね。日本のは、こんなんで500万??ってのはよくあるね。

 

川端さん:そっか…。あとはサプリメントなんかも高額だよね。

 

Dr都:昔アガリクスってキノコががんに効くといって流行ったんだけど、高価なアガリクスの方が効くんじゃないかって、より高級なものが売れていたなぁ。

 

川端さん:高い方が効く気がするよね、確かに。でも、いずれにせよ効果がないんでしょ?

 

Dr都:サプリメントはがんに効くと証明されたものは一つもないね。

 

川端さん:うーん。それでもがん患者さんはサプリメントを飲んじゃうんだね。

 

Dr都:そうだね。まあ、経済的に無理のない範囲で、完治の希望を持たせないものであればいいと思うよ。ただ、肝機能障害を起こしたり、抗がん剤と併用しない方がいいものもあるから、主治医と相談しながらね。

 

川端さん:医者側ももっと話しやすい雰囲気になってくれるといいんだけど…

 

Dr都:そうだね。私も気を付けます。

 

 

 

ケース13 いとこががんの民間療法にはまってしまったという川端さん

私の友人の川端さんは、いとこが乳がんと診断されたが治療を拒否して、がんの民間療法にはまってしまったそうです。

がんが進行してしまって、何やら大変なことになっているそうですが…

今回は民間療法に走る患者さんの気持ちについて考えてみたいと思います。

 

 

 

 

川端さん:都先生、聞いてくれよ! うちのいとこがさ、あのバイオリン弾いてる美人のいとこ。乳がんだったらしいわけよ。

 

Dr都:前に写真見せてもらったあの超美人ないとこさんね。乳がんは手術したのかな?

 

川端さん:それがさ、1年前に病院で診断されたけど、手術を拒否したらしいんだよ。うちの母ちゃん曰く、音楽家ってコンサートでドレスを着るじゃない、たぶんそれで手術を拒んだんじゃないかって。

 

Dr都:えー、乳がんは手術した方が良いんだけどな…まあ、ステージとかいろんな条件によるけど。

  

川端さん:担当の先生とは手術するしないでもめて、それっきりらしい。それでさ、今は超怪しいところに通っているらしいんだよ。

 

Dr都:怪しいところとは?

  

川端さん:気功とお札で治すとこだって。

 

Dr都:えー

 

川端さん:な、怪しいよな。はじめのうちは楽しそうに通っていたみたいなんだけど、最近息苦しそうだし、臭いにおいがしているみたいで、そこに出かける時以外は外出もしないでずっと家に閉じこもっているらしいんだよ。

 

Dr都:それって、たぶんだけど、乳がんが皮膚を突き破って出ているんだと思う。そうなるとすごい臭いがするから。息苦しいのは、もしかしたら胸の中に水がたまっているのかも。

  

川端さん:ひえー、恐ろしいな。そりゃあ外出できないわ。そうそう、それで病院に行って欲しいんだけど、拒否しているらしく、この前うちの母ちゃんにおばさんから泣きながら電話がかかってきたんだよ。

 

Dr都:そうか…予後は悪いかもしれないけど、抗がん剤治療をすれば少し長く生きられる可能性があるんだよね…。

 

川端さん:しっかし、頭いい子だったのに、なんでそんなのに引っかかるのかねぇ。

 

Dr都:そう思うのは、川端君が健康だからだよ。もしがんになったら同じようになるかもしれないよ。がん患者さんの約半数は何らかの民間療法の経験があるというデータもあるくらいだからね。

 

川端さん:うへっ、マジ? 前にさ、がんが治る水とか言って5000円くらいのペットボトルに入った水を飲んでいる人がいたけど、意味分かんないよ。

 

Dr都:うーん…。じゃあ、まずはどのようにしてがん患者さんが民間療法に流れるか、実際の患者さんの気持ちを通じて考えてみよっか。

まずね、初めてがんと診断される時、心の準備ができている人なんてほとんどいないから、もの凄い衝撃を受けるんだ。頭が真っ白になって何も考えられくなる。これは早期がんでも進行がんで、がんの再発でも同じような反応が起こるんだ。そんな時に医者が励まそうと「早期なので手術で治ります」とか言っても、まず耳に入ってこない。告知された日は、どうやって家に帰ったか覚えていないとか、医者が何を話したか覚えていないっていう人は多いね。

 

川端さん:…。

 

Dr都:そして。 数日の間に「何かの間違いだ」といった認めたくない気持ちが強ってくるんだ。これは、大きな衝撃から心を守ろうとする反応だね。そして「なぜ自分だけが」とか「何か悪いことをしたのか?」と孤独感や怒りを感じる人もいる。普通はこの段階では民間療法のことは考える余裕がなく、とりあえず、がんについてや今後の病院でするであろういわゆる標準治療のことについて調べる。

 

川端さん:うん、何となく想像できるかな。

 

Dr都:その後2週間ほどかけて現実を受け止め、少しずつ前を向き始めるんだけど、その時には標準治療の他に何か方法はないか探し始めるね。 これは進行がんや再発の人だけでなく、早期の人でも同じ。

 

川端さん:早期で見つかった人なんて、治る可能性が高いって説明されるだろうし、民間療法のことなんて調べないんじゃないの。

 

Dr都:んー、そうでもないんだ。例えば「早期なので95%根治できます」と医者から言われても、がん告知後のまだ精神が不安定な状態では、「自分は残り5%に入るかもしれない」って多くの人が思っちゃうんだ。

そんな時に”○○でがんが治りました”とか”がんを消す方法”って書いてあるものが目に入ったら、どう思う?

 

川端さん:揺れ動くかもね。

 

Dr都:そうなんだよ。「こっちを選んだら100%治るかも」って考えちゃうんだ。もちろん、進行がんや再発の人なんかは、標準治療で根治できる確率がかなり低いから、もっと揺れ動いちゃう。

  

川端さん:何となくは分かるんだけど、それでも民間療法を信じちゃうもの?

 

Dr都:病院側が告知直後から継続的に精神的なサポートができていれば、民間療法のことなんかも相談に乗ってあげていれば、民間療法を信じないかもね。残念ながら今の日本の病院でそれができるところは少ないんだ。告知された後、普通は次の外来が1週間後とか2週間後だから、その間ずっと、不安や死の恐怖とひとりで戦っているんだよね。

 

川端さん:ん…おかしくなっちゃいそうだな。

 

Dr都:国もそのことは分かっていて、2012年のがん対策推進基本計画では"がんと診断された早期からの緩和ケアの推進"がなされているんだ。

 

川端さん:緩和ケアって、末期の人たちが受けるやつじゃないの?がん痛みを取る…みたいな。

 

Dr都:その辺りが勘違いされているんだけど、緩和ケアの定義って、”がん患者とその家族が、質の高い治療・療養生活を送れるように、身体的症状の緩和や精神心理的な問題などを援助する”というものなんだ。だから、診断・告知された直後から精神的なケアをするのも、重要な緩和ケアなんだよ。

 

川端さん:初めて知ったよ。これ、もっと世間に知れ渡るべきだね。

 

Dr都:そうなんだけどね…。がんの専門医でも知らない人もいるし、何より日本ではマンパワーも足りていないので、全く進んでいないという現状があるんだ。

 

川端さん:そうなんだ。うちのいとこも、それができていれば民間療法に走らなかったかなぁ。

 

Dr都:あとは、主治医との信頼関係も重要だね。「主治医が話を聞いてくれない、聞ける雰囲気じゃない」とか「診断や治療に不信感がある」とか、信頼関係が築けない場合にも、患者さんが民間療法を選びがちになるかな。

 

川端さん:いとこは主治医とケンカしたって言ってたから、ちゃんと信頼関係が築けていなかったんだろうな…。

 

Dr都:そうかもしれないね。病院側の緩和ケアもだけど、家族や周囲のサポートも大事だよね。がんになったら、皆が支えてあげないといけない。

 

川端さん:でもさ、がんになった人にどんな風に声をかけていいか分かんないよ。ヘタなこと言って、「がんになったこともないのに、私の気持ちが分かるの?」なんて言われちゃったら…

 

Dr都:精神が不安定になっている時は言っちゃうことがあるかもね。でも、そういうのって一時的なものだから、めげずにさ、そばにいてあげた方がいいよ。それより、腫れ物に触るような接し方の方が、患者さんの孤独は深まると思うんだ。

 

川端さん:そっか…なるほどね。勇気を出していとこに会いに行ってみるかな。

 

Dr都:まあ、今のいとこさんの状態を考えると難しいかもしれないけど、行ってみる価値はあるかもね。

 

川端さん:お、メールが来た。母ちゃんからだ。えーっ…。

 

Dr都:どうしたの?

 

川端さん:例のいとこが、民間治療のところから「こんなに効かない人は初めてだ。あなたにはもう何もできない」と言われて、かなり落ち込んでいるらしい…。

 

Dr都:こんな時こそ緩和ケアの介入が必要だね。元の病院は本人も行きづらいだろうから。明日にでもうちのクリニックに連れてきてよ。

 

川端さん:分かった。ありがとう!

 

 

 

 

 

 

 

 

ケース12 希少がんの患者さんを受け持つ医学生

今回登場するのは医学部の4年生の女子、梓さんです。彼女は私の医学部の先輩である磯野さんの娘さんで、現在臨床実習で希少がんと呼ばれるがんの患者さんを担当しているそうです。希少がんに関しては、がんを専門にしている医師以外は基本的に詳しくないため、私に尋ねるようにと連れてこられました。

希少がんとは一般の方にはなじみのない言葉ですが、様々な問題を抱えています。

 

 

 

 

磯野さん:娘が臨床実習で、軟部肉腫の患者さんを受け持っているらしく質問を受けたんだけど、私はあまり詳しくなくてさ、頼むよ。

 

梓さん:よろしくお願いします。

 

Dr都:分かりました。軟部肉腫とはまた稀な疾患ですね。聞きたいことというのは何ですか?

  

梓さん:軟部肉腫について勉強していると、主治医の先生の治療方針がガイドラインに書かれているのと違うなって感じて…。私の患者さんは切除可能で、かつ悪性度も高くないのに、化学療法を先にされていて…なぜだろうって…。

 

Dr都:うーん。そうですね。希少がんではたまに見られるんですよね…。

 

梓さん:希少がんって何だい?

 

Dr都:発生率が人口10万人あたり年間6人未満の稀ながんのことです。といっても分かりにくいですよね。では、例えば1年間あたり何人くらいの人ががんになると思いますか?

 

磯野さん:100万人くらいかな…

 

Dr都:正解です。そのうち、大腸がんが最も多くて約15万人、次が胃がんの13.2万人、

肺がん12.8万人、乳がん8.9万人、前立腺がん8.6万人です。 じゃあ、軟部肉腫はどれくらいだでしょう?

 

梓さん:100人くらい?

 

Dr都:残念、1500人くらいです。ただ、希少がんは種類が多く190種類ほどあるので、一つ一つは少なくても全体で見れば20%前後と多くの患者さんがいます。あと、希少がんは小児や若者に多いという特徴があります。

 

梓さん:軟部肉腫の患者さんも小児なんです…。

 

Dr都:そうでしたか…特に肉腫は小児に多いですからね。良くなってほしいですね。

 

梓さん:はい…。

 

Dr都:そうそう、希少がんは数が少ないので、専門医でも1年に数例くらいしか診ることがありません。一生経験しない医者もたくさんいます。実際、専門医でない場合には診断がつかずに治療が遅れてしまうことがあります。また、専門施設の病理医とそうでない施設の病理医*1では診断が少し異なることがあると言われています。

 *1 病理医:組織を顕微鏡で見て診断する医師

 

梓さん:えーーっ!その場合はどうなるんですか?

 

Dr都:正しい診断ができずに、適切な治療が行われない可能性がありますね。実際、希少がんの死亡率はかなり高いですから、診断の遅れが関係しているかもしれません。あとは、治療薬が少なく、開発もなかなか進まないのも要因でしょうね。

  

梓さん:どうして進まないんですか?

 

Dr都:まず、限られた国の研究費の中で、患者数が多いがんに研究費が優先的に分配されるため、希少がんの研究費が少ないということがあります。もうひとつ製薬会社も患者数の多いがんの治療薬の方が市場が大きいので、希少がんの治療薬の開発は積極的ではありません。

 

梓さん:小児に多いがんなんだから、積極的に開発して欲しいものね。市場関係なく。

 

磯野さん:成人でもそうだよ。がん以外の希な病気や難病などは研究があまり進んでおらず、新薬もなかなか出てこない。高血圧や糖尿病など患者数が多い病気では新薬が次々と出てくるのにね。

 

Dr都:そうですね。日本で行われる治験のほとんどは製薬会社が医師に依頼する企業型の治験なので、収益が見込める5大がんの治療薬の開発が優先されます。1つの薬を開発するのに数百億かかることを考えると、それも致し方ないのかなと思いますが…

 

梓さん:数百億?? そんなにするんですね…

 

磯野さん:確かに希少がんや希少疾患だと回収できない気がする。

 

Dr都:そういうこともあり、希少がんは海外で開発された薬を使用することが多いですね。その場合、ドラッグ・ラグという問題が起こってきます。 

 

梓さん:ドラッグ・ラグって、海外で承認された薬が日本で承認され使えるようになるまでの時間の差のことですよね。

 

磯野さん:お、よく知ってるな。

 

Dr都:日本では必要性が高い薬に関しては、製薬会社ではなく医師自らが薬を開発したり、治験を進められるよう「医師主導治験」という仕組みが作られました。しかし資金の問題があり、なかなか進んでいないという現状があります。

2017年3月のデータですが、海外で承認されている希少がんの治療薬のうち、実に36種類が日本では未承認となっています。がんの未承認薬のうち、実に7割以上が希少がんの治療薬なんです。

 

磯野さん:そんなにあるんだね…。アメリカなどはかなり研究開発につぎ込むっていうよね。

 

Dr都:はい。NIH(アメリカ国立衛生研究所)の予算が3兆円以上ありますが、同じような役割をする日本版NIHと言われているAMEDは1200億円くらいです。

 

磯野さん:30分の1か…すごい差だね。

 

梓さん:どうすればいいんだろう…

 

Dr都:まずはドラッグ・ラグの解消に関しては、海外で承認された薬が日本人でも同じような効果が出るか、副作用はどうかをあらためて調べるにも、患者数が少なすぎる上に医師や患者さんに治験の情報がうまく届いていないという現状があります。 

そこで国立がん研究センターは希少がんセンターを設置し、治験情報をホームページで公開したり、希少がんホットラインという電話相談窓口を開設したりしています。

 

磯野さん:それはいいね。

 

Dr都:もうひとつ、日本は希少がんに関して海外よりも承認を早める制度を作りました。通常、薬は3段階の治験を経て安全性と有効性を確認後に発売されるのですが、希少がんの治療薬の場合は2段階目で発売できるようにする制度です。3段階目を省くことで安全性や有効性については確実性が劣るものの、少人数の被験者と短時間で発売にこぎつけることができるので、日本での創薬に注目する海外企業も出てきました。

 

梓さん:新薬を使いたいという患者さんはたくさんいそう。

 

Dr都:いますね、これまで有効な治療法がなかったがんなどは特に。

最後に、希少がんはやはり集約化が大事になるので、疾患・分野別に専門家が集まってワーキンググループを作り、その検討がなされています。

 

梓さん:集約化って?

 

Dr都:専門的な病院を指定して患者さんを集める仕組みのことです。それができれば治験がしやすくなりますね。

 

磯野さん:集約化するべきだと思うな。

 

梓さん:でも、もし専門病院がとっても遠くにある場合なんかは、患者さんも通うのが大変ね。

 

Dr都:そうですね。それが集約化の一番のデメリットです。治験の研究費には旅費を出すほどの余裕はありませんから。

 

磯野さん:難しいねぇ。

 

Dr都:集約化のもう一つのメリットは、患者さんにとって最適な医療が行われることです。

 

 

梓さん:どういうことですか?

 

Dr都:毎日の忙しく診療を行い、また常に様々な病気の最新治療が出現する中、年に1人診るか診ないような患者さんに、医師の経験不足から最新の治療や最適な治療が行われないかもしれません。そうなると、患者さんが不利益を被ることになります。もしかすると、梓さんの患者さんもそういったケースなのかもしれませんよ。

 

 

梓さん:あっ!

 

Dr都:集約化して症例を集めた方が、医者の経験値や関心も上がり、標準治療が行われやすいんです。

 

磯野さん:なるほどね。

 

梓さん:そっか…。でも、担当患者さんは標準治療と違ったけど、手術もして根治できそうだし、結果としてはセーフかな。

 

Dr都:良かったです。

 

梓さん:都先生、お忙しい中、ありがとうござました。

 

 

 

 

 

ケース11 主治医に障害年金の診断書を断られた患者さんについての相談

今回登場するのは、ある病院でソーシャルワーカーをしている鈴木さんです。

飲み仲間の鈴木さんから、患者さんのことで相談にのって欲しいという連絡がきました。

なにやら、がん患者さんの障害年金申請について困っているようです。

 

 

 

 

鈴木さん:うちの病院の患者さんで、障害年金を申請できなくて困っている人がいるのよ…。どーしよう。

 

Dr都:ん?何で申請できないの?

 

鈴木さん:まず、主治医ががん患者さんが障害年金をもらえることを知らなかったというのがあって…。

 

Dr都:あー、がん患者さんが障害年金を受給できることを知らない医者は結構いるよね。

 

鈴木さん:そうなのよ。以前、ストマ(人工肛門)を作った患者さんで書いてもらったことがあるから、障害年金の存在自体は知っているはずなんだけど、今回の患者さんはしびれが主訴なの。

 

Dr都:抗がん剤の副作用?それとも、がん自体が悪さをしているの?

 

鈴木さん:抗がん剤の副作用よ。はじめの頃は、抗がん剤を投与した数日だけ軽いしびれがあったみたい。抗がん剤がよく効いていたのでしばらく続けていたんだけど、次第にしびれが強くなってきて、しまいには洋服のボタンをとめられなくなったり、携帯のボタンが押せなくなったりしたので、その抗がん剤を中止したの。

 

Dr都:中止してから、良くなっていないのかな?

 

鈴木さん:だいぶ良くなっていて、日常生活は何とか大丈夫なんだけど、まだ仕事ができるような状態じゃないの。仕事でパソコンを使わなきゃいけないんだけど、キーボードを叩けないって。

 

Dr都:じゃあ、「労働が著しい制限を受けるか又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度」ってことで、障害年金3級の適応かな。2級だと「身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が、 日常生活の著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度」だもんね。

 

鈴木さん:そう、3級。患者さんは国民年金じゃないから、申請できるかなと思って。

 

Dr都:あー、国民年金だと3級は申請できないんだったね。

 

鈴木さん:あれもひどいと思わない?診断日に厚生年金を支払っていた人は3級から申請できるのに、国民年金の人は2級からしか申請できないなんて。

 

Dr都:確かにひどいよね。厚生年金の人の方が年金を多く払っているとはいえ、そこで差別しなくてもねぇ。

 

鈴木さん:とりあえず、その患者さんは初診日から1年6か月経っていて申請できるから、障害年金を取りにいこうと思って。たぶん患者さんは長生きできないからさ、将来受け取る予定だった自分の年金を前倒しで受け取らなきゃもったいないよね。

 

Dr都:うん。もし患者さんが失業手当をもらっていても、障害年金は同時にもらえるし。あると助かるよね。

 

鈴木さん:そうなのよ。でもね… 

 

Dr都:何で主治医の先生は診断書を渋っているの?

 

鈴木さん:抗がん剤の副作用のしびれで仕事ができないような状況だから障害年金を申請したいので、診断書を記入して欲しいと言ったんだけどさ。手足の障害は整形外科の先生に書いてもらうものだから、自分は書けないっていうの。

 

Dr都:そっか。身体障害者診断書と勘違いしているね、それは。

 

鈴木さん:そうなのよ。 それとは違う診断書で、がん治療についての詳細な経緯が必要だから主治医しか書けないって説明したの。がん患者さんの障害年金についてまとめているブログまで見せてね。

 

Dr都:すごい…。患者さんのためにそこまでしてくれるソーシャルワーカーってありがたいね。

 

鈴木さん:そうでもないわよ。実はさ、この患者さんは治療が始まった時から、高額療養費の一時金も厳しいって相談されてたの。だから、治療費に関して負担を減らしてあげられるようにしてあげなきゃって思っていろいろ動いてるの。

 

Dr都:偉い!じゃあ、限度額認定適応証を申請してるんだね?あれって、患者さんも存在を知らないし、誰も教えてくれないもんね。

 

鈴木さん:もちろんしたわよ。だって、手術費用や抗がん剤って、一時支払金だけで何十万も必要になるからね。話を戻すけど、主治医の先生がね、私がさんざん説明した後にこう言ってきたの。「しびれなんて永久的なものじゃないかもしれないし、新生しても断られそうじゃない?そうなると、書いても無駄になっちゃうなぁ」だって。

 

Dr都:えーっ!

 

鈴木さん:悔しくて悔しくて、「もういいです!」って言って診察室から出てきちゃった…。

 

Dr都:そっか…。確かに、年金機構は障害年金に対して積極的ではないから、申請しても断られる可能性があるよね。厳しい県なんて、半分も認めてもらえないらしいよ。

 

鈴木さん:ひえー、半分以下?障害年金に関しては、申請方法もアナウンスしていないし、書類や手続きも煩雑だしさ、ホント支給する気があるのかって感じよ。

 

Dr都:ホントだね。ちなみに、その患者さんのしびれはどれくらい続いているの?

 

鈴木さん:今で6か月くらいかな。一番ひどかった時よりはましだけど、最近はほとんど変わらないって言ってた。それで落ち込んじゃって…。このしびれって普通はどれくらい続くの?

 

 

Dr都:数か月でおさまる人もいれば、数年経っても続いている人もいるんだ。

 

鈴木さん:そっか。主治医の先生は、抗がん剤を中止すれば良くなると言ってたから、患者さんも期待していたんだけどね。半年かかっても良くなっていないものが、そんなに簡単に良くなるとは思えないんだけど…。それでも主治医の先生は、いつかは良くなるかもしれないから、障害の永久認定はできないんじゃないだって言って…。

 

Dr都:そうだね。永久とは限らないけど、数年は続きそうな感じだし、トライしてみても良いとは思うよ。もう一度主治医を説得してみたら?

  

鈴木さん:うーん…頑張ってみるか。患者さんのために。

 

Dr都:そうそう。あと、今後の経過など審査の時に重要となるポイントは、主治医とじっくりと相談しながら記載しなきゃだめだよ。そのためにも、鈴木さんも主治医の先生ときちんと話し合わなきゃね。

 

鈴木さん:了解!冷静に冷静に。

 

Dr都:鈴木さんならできるよ、頑張って!

 

 

 

~ちょっと一言~

障害年金は、自身がこれまで支払ってきた年金を前倒しでもらうだけなのに、こんな制度があるってアナウンスしなかったり、手続きを煩雑にしたり、国民年金加入者と厚生年金加入者での等級の差をつけたりと、「払う気ないでしょ?」と思ってしまいます。

あとは、抗がん剤の副作用でも障害年金がもらえるということを知らない医者も結構いるし、医者側から提案されることはほとんどない制度なので、患者さん自身が知っておくべきだと思います。

あとは、初診時からの経緯と予後に関しての記載次第という面があるので、主治医との関係性は良好に保っていたいですね。

 

 

ケース10 超高齢のお父様の胃がん手術に悩む林さん(50歳男性)

今回登場する林さんは私の知り合いですが、85歳のお父様に胃がんが見つかったとのこと。

彼はご実家は鹿児島で、すぐには駆けつけられず、そばに住んでいる長男・長女さんが病状や治療方針などは聞いているそうです。

担当医から手術を勧められ、本人はやる気だそうですが、お兄様方は高齢を理由に悩まれているそうです。はたして、85歳で胃がんの手術をするのはどうなんだろうか…ということで相談がありました。

 

 

 

林さん:やあ、都先生、忙しいところ申し訳ない。

 

Dr都:いえいえ。メール見ましたけど、お父様が胃がんだそうですね。

 

林さん:そうなんだよ、胃が悪いってずっと聞いてたんだけど、この前突然血を吐いたらしく、調べたら胃がんだって。親父はもう85なんだけどさ。

 

Dr都:85歳ですか…結構な年齢ですね。でも、主治医医から手術を勧められたということは、お元気な方なんでしょうね。

 

林さん:足腰は多少弱ってきたけど、畑にも毎日往復30分かけて歩いて行ってるし元気だよ。まだボケてもいないしね。でもだからといって手術に耐えられるのかねぇ。

 

Dr都:今の時代、85歳以上の超高齢者の手術はとても増えてきています。田舎の病院に行くと、手術患者の1割が80歳以上という病院もありますよ。ちなみに、私は95歳の女性の胃がんの手術をしたことがあります。

 

林さん:へーっ!その人は大丈夫だったの?

 

Dr都:手術は無事に終わったものの、術後にせん妄(もう)といって認知症のような症状が出たり、退院予定日の前日に不整脈で心臓が止まりそうになったりと大変でした。

 

林さん:ひえーーーっ!

 

Dr都:でも、退院後は元気に外来に通ってこられていました。高齢すぎて術後の抗がん剤ができなかったので、再発が心配ですが…

 

林さん:95歳かぁ。うちの親父はまだ若いかなぁ。都先生、どう思う?

 

Dr都: 全身麻酔や手術に耐えられるかどうか、いろいろ検査してみないと分かりませんが…でも手術しましょうと言われたのであれば、大丈夫そうですよね。

 

林さん:じゃあ、大丈夫かな。

 

Dr都:超高齢者手術に関してはいろいろと議論があるのですが、85歳まで生きた男性は余命が平均6年*1と言われているので、あと6年生きるために手術するのは悪いことではないと思います。ただし、若い方と比べて合併症のリスクは高いですが。

  *1 85歳時点での平均余命 男性6.31年、女性8.40年(平成27年簡易生命表より)

林さん:合併症ね…。手術で死ぬ可能性もあるってことだよね。

 

Dr都:はい。ゼロではありません。超高齢患者さんは何が起こるか分かりませんし、起こってしまうと元の状態に戻れない可能性があります。

 

林さん:うーん。手術は成功したけど、寝たきりなる可能性だってあるわけだよなぁ。手術をしなければ元気だったのに…って。

 

Dr都:はい。でも、林さんのお父様は吐血しているとのことなので、どのみち手術をしないと命に関わると思います。

 

林さん:そうだよなぁ。出血だけ止める手術ってのはできるのかな?

 

Dr都:林さんのお父様は吐血するくらいなので、おそらく進行がんだと思います。もしリンパ節転移がなければ、胃とその周囲のリンパ節を少し切除するだけの手術も選択肢に入るとは思います。その方が時間も短く、合併症も少なくなります。

 

林さん:リンパ節は少し腫れているって言ってたな。

 

Dr都:そうですか…。周りのリンパ節に転移がある場合、リンパ節をしっかり取らないと、手術してもリンパ節を残してしまうことになります。でも、リンパ節をしっかり取る、郭清(かくせい)と言いますが、そうすると手術時間が長くなり体の負担は増えます。あとは、郭清による合併症のリスクが少しですがあります。

 

林さん:胃だけを取れば、手術が短くて合併症も減らせるが、がんのリンパ節を残してしまう。リンパ節をしっかり郭清すれば、がんは残らないけど体の負担が増える上に合併症が起こりやすくなる…か。難しいね。

 

Dr都:はい。これは主治医の先生との相談ですね。あと超高齢者の手術では、先ほどお話ししたせん妄がかなりの確率で起こるので、そうなった時に安静が保てなかったり、点滴を引き抜いたりということが起きます。これも合併症の一つです。

 

林さん:うちの親父はしっかりしているから大丈夫かな、それは。

 

Dr都:しっかりしていて、認知症がないような方でも起こるんですよ。

 

林さん:うへっ。でも、起こったらどうすればいい?

 

Dr都:ご家族に1日中ずっと付いていてもらうか、夜間不在の場合は抑制帯というので縛ってしまうかですね、あまりやりたくはありませんが。だいたい昼夜逆転し、夜間に起こるので付き添う家族はかなり大変です。でも、だいたい数日でおさまります。

 

林さん:その時は、俺も手伝わなきゃな。

 

Dr都:そうですね。あとは肺炎も起こりやすいです。特にタバコを吸っている方は痰が多いので、肺炎は要注意です。お父様はタバコは?

 

林さん:あの時代の人にしちゃ珍しく、全然吸ってないんだよ。今はタバコに厳しい時代じゃない、先端を行ってたんだって自慢してるよ。

 

Dr都:良かったです。それに日常生活も自立されて畑に歩いて行かれるくらいだから、呼吸機能も問題なさそうですね。あとは、手術後にご家族が手伝って、痛い中頑張って歩かせたり、深呼吸させたり、回復への意欲を出すために励ましたりというのが重要ですね。

 

林さん:それは皆で頑張るよ。じゃあ、俺の知り合いの医者に聞いたら大丈夫って言われたって、兄貴たちに話してみるか。

 

Dr都:そうですね。超高齢者の手術は、ご本人の体力などもそうですが、ご家族のサポートが本当に大事なので、頑張ってください。

  

林さん:あ、先生、忘れてた、腹腔鏡ってのかな。その手術は体に負担が少ないって聞いたことがあるけど、どうかな?

 

Dr都:傷が小さいので確かに体に負担は少ないので、早期であればやっても良いと思います。超高齢者で進行がんだったら、私ならしないですかね。進行がんの腹腔鏡手術は結構大変なので時間がかかるので。

 

林さん:そっか。じゃあ、ずばっと開けた方がいいんんだな。それも言っとくよ。

 

Dr都:ずばっと(笑)

 

林さん:都先生、今日はありがとうね。

 

 

 

 

<まとめ>

・超高齢者(85歳以上)の手術は増えていて、年齢だけで判断するのではなく、麻酔や手術に耐えられるかどうかと、本人にの気力で判断します。

 

・超高齢者の胃がんの手術にかんしては、リンパ節郭清をしっかりやるかどうかは賛否両論ある。ただ、したからと言って合併症のリスクは変わらないという報告もあるし、しなかったからと言って生存率が変わらないという報告もあるので、胃がんの程度や主治医の判断によります。

 

・超高齢者の手術では、家族のサポートがとても重要で、術後の回復を左右する。