「医者に聞きたい!」ドクター都のほろ酔いがん相談

がんについて対話形式でじっくりと分かりやすく説明していきます。ほろ酔いで(笑)

ケース21 すい臓がんで働き方が変わった石井さん夫婦

今回登場するのは、先月すい臓がんが見つかった石井さんの奥様で、私のジム仲間です。

旦那さんの面倒を見るために今の勤め先を退職するとのことです。

 

 

石井さん(以下I):都先生、夫がすい臓がんになってしまいました。夫の世話をするためにしばらくはジムには伺えませんのでご挨拶にまいりました。

 

Dr都(以下Dr):そうでしたか。手術なさるのですか?

 

I:はい。主治医から、すい臓がんの手術は外科手術の中でも特に難しく、患者の体の負担が大きいと伺いましたので、手術後もサポートできるようにと仕事も退職する予定です。

 

Dr:確かにすい臓がんの手術は外科医も患者さんも大変ですね。旦那さんはお仕事はどうされたのですか?

 

I:夫はすい臓がんと診断された後すぐに会社に退職願いを出しましたが、上司の計らいで現在は保留となっているようです。

 

Dr:朝日新聞が行った「がん患者さん300人への就労に関するアンケート」では、診断後1か月以内に働き方を変更した患者さんは26%おり、そのうち12%は診断直後に働き方を変更したそうです。このアンケートはがんサバイバーの方が対象でしょうから、末期の人やはじめから余命が短い人などは入っておらず、おそらく割合はもう少し高くなると思います。

 

I:主治医からも治療に専念するようにと言われたようなので、夫もすぐに行動に移したのでしょうね。

 

Dr:そのアンケートでは、1か月以内に働き方を変えた人は、中小企業に勤めている方や女性、非正規雇用の人が多かったようです。そして約3分の1が依願退職という結果でした。

 

2013年に行われたがん体験者の悩みや負担等に関する実態調査では、「仕事を続ける自信がなくなった(37%)」「会社や同僚仕事関係の人に迷惑をかけると思った(29%)」の二つが上位を占めていました。

 

I:夫は会社側に迷惑をかけるからとも言っていました。

 

Dr: 確かに短期的には会社側も大変かもしれませんが、治療後に復職できる可能性も十分ありますし、そうなると退職された方が会社にとっての損失が大きいかもしれません。がんと就労の問題では「診断後の混乱した状況では即決しないように」と患者さんに伝えることが重要だと言われています。

 

I:でも、すい臓がんって長く生きられないんですよね?復職の可能性なんてあるのでしょうか?

 

Dr:すい臓がんの手術後にTS-1という抗がん剤を内服すると、5年生存率が44%だったという最新のデータがあります。ですから、復職は十分可能だと思いますよ。

 

I:少し希望が出てきました。夫は仕事が大好きなので、復職したがると思います。

 

Dr:ただ、そのアンケートで、傷病手当金の受給期間が6か月未満と6か月以上だった人を比べたところ、前者は復職率が7割なのに対して、後者は2割ほどしかありませんでした。

 

I:どうしてそのような差がでるのでしょうか?

 

Dr:休暇制度の問題が考えられます。実際、先ほどの実態調査では「治療や静養に必要な休みを取るのが難しかったから(20%)」という理由が第3位でした。傷病手当の受給基準に「連続して3日休み、さらに4日目以降も休みとなる時」というのがあります。検査や抗がん剤治療での外来通院や体調不良などで月の何日かだけ休むといった場合には傷病手当は適応されず、休暇制度を利用するしかありません。その際に、時間単位の年次有給休暇や病気休暇制度があれば、仕事をしたままでも治療を続けやすくなります。

 

I:夫の会社にはその制度があったと思います。

 

 Dr:それは良かった。時間単位の年次有給休暇がある企業は16.2%(2015年)しかなく、病気休暇制度がある企業は22.4%(2013年)しかないと言われているんですよ。

 

I:そんなに少ないんですね…。

  

Dr:2016年に「治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」というのが作成されました。その中で、先ほどの休暇制度に加えて、短時間勤務や在宅勤務などの制度を整備するよう書かれています。他には、「当事者やその同僚となりうる全ての労働者や管理職に対して両立支援に研修等を通じた意識啓発」や「労働者が安心して相談・申出を行える相談窓口及び情報の取扱い等を明確化」という項目があります。

 

I:これからどんどん良くなっていくかもしれませんね。

 

Dr:それに加えて、2018年4月からは療養・就労両立支援指導料が算定できるようになりました。これは、就労中のがん患者さんについて、企業の産業医への情報提供、状態変化に応じた就労上の留意点に係る指導を行い、産業医からの助言を踏まえた治療計画の見直し等を行った場合に加算が付くというものです。これまで、病院側は両立支援への取り組みは無償で行っていましたが、今後加算が付くことできちんと報酬が生まれることになったので、支援が進んでいくかもしれません。

 

 I:夫の企業は産業医がいるのかしら…。

 

Dr:労働者が50人以上いる企業であれば、必ず産業医がいるはずです。産業医がいないと成り立たないという問題はあるのですが…。

 

I:じゃあ、夫の会社は産業医がいます。安心だわ。

 

Dr:あとは、がん患者さんに付き添うご家族の方へもサポートがあると良いのですが、まだその制度はありません。もし、余命が短かいがん患者さんに四六時中付き合うといった場合には介護休業給付金がもらえるのですが、手術前後の休暇には適応となりません。

 

I:そこまで高望みはしません。とりあえず、夫の手術の無事を祈るばかりです。

 

Dr:そうですね。無事に手術を終えられますよう願っています。

 

 

~ちょっと一言~

がん患者さんと就労は昔から問題視されていましたが、数年前からやっと国が本腰を上げてくれました。しかし、職場の仲間や企業の理解がそれに追いついていないという現状があります。もっとがんに対しての理解が世間に広げていかなければなりません。