ケース23 スキルス胃がんの心配をする高橋さん
ケース1で登場した高橋さんが、再び登場です。
胃がんの予防について相談です。
高橋さん(以下T):知り合いの娘さんがスキル胃がんっていうので亡くなったらしいんだよ。まだ若かったのに、胃がんになるんだねぇ。
Dr都(以下Dr):通常の胃がんは50歳以上から増えてきますが、スキルス胃がんはちょっと特殊で、30~40代の特に女性に多いです。発見するのが難しいので、診断された時にはかなり進行していることが多いですね。
T:何で発見しにくいの?
Dr:通常の胃がんが胃壁の内側に向かって大きくなっていくのに対して、スキルス胃がんは胃壁の中をはうように広がっていきます。ですから、胃カメラで内側から見ても早期のスキルス胃がんはまず分かりません。進行して胃が変形してきて初めて気づかれることもありますし、それでも分かりにくいことがあります。逆に、胃のバリウム検査の方が胃全体の形を見るので変形に気づきやすく、スキルス胃がんを見つけやすいですね。通常の胃がんは胃カメラの方が見つけやすく、スキルス胃がんはバリウム検査の方が見つけやすいので、調べる時は胃カメラをメインで行い、数年に1回はバリウム検査で良いと思います。
T:なるほど。参考にさせてもらうよ。
Dr:もう一つ、スキルス胃がんは胃壁の中をはいながら、外にも向かって広がっていきます。がんが胃壁突き破って胃の外、お腹の中に顔を出しやすく、そうなると腹膜播種といってお腹の中にがんがまき散らされます。スキルス胃がんと診断された人の約半数は、診断時にはすでに腹膜播種があり、ステージ4の状態と言われています。この状態では基本的に手術は行わず、抗がん剤治療となります。
T:いきなりステージ4か…そりゃあ大変だね。スキルス胃がんの原因は何なの?
Dr:ピロリ菌ですね。
T:この前、がん予防の話の時にピロリ菌が出てきたね。
Dr:今、日本人がかかっている胃がんの98%がピロリ菌が原因だと言われています。胃がんを予防するためには、何よりもまずピロリ菌の除菌が必要です。
T:それだけで済むなら絶対やった方がいいね。どうやって検査するの?
Dr:①胃カメラをした際に胃壁の組織をつまんで、その中にピロリ菌がいるかどうかを調べる、②血液検査で調べる、③呼気で調べる、④尿や便で調べるの4つの方法がありますが、どれも100%ではありません。もし一つの検査で陰性だったとしても、時間をおいてもう一つの検査で再度調べてみてください。それでも陰性であれば大丈夫です。
T:呼気や尿でも調べられるんだね。で、陽性なら除菌するんだっけ?
Dr:そうですね。抗生剤2種類と胃薬を7日間飲んでもらいます。それで90%以上は除菌できるのですが、ダメだったら抗生剤を変えて再度除菌します。
T:一度除菌しても、またピロリ菌に感染することはあるの?
Dr:確率はかなり低く2%以下だと言われています。ピロリ菌の感染ルートは井戸水など水を介してのルートが考えられており、上下水道の整った現代では水から感染することはほぼありません。また、胃酸が弱い幼児などは感染しやすいですが、大人になってからの感染はほとんどありません。他には幼少期の口移しでの感染には要注意です。
T:昔は、大人がご飯を口の中でかみ砕いてから子供にあげたりしていたからなぁ。
Dr:最近は虫歯予防の観点からも行われなくなってますね。胃の中がピロリ菌に感染すると慢性胃炎という状態になり、その後時間をかけて萎縮性胃炎という胃酸が出ない状態に移行します。そして萎縮性胃炎のうちの約1%が胃がんになります。ところが、スキルス胃がんは萎縮性胃炎を介さずに、ピロリ菌の感染胃炎の状態で胃がんが発症します。でも、このあたりのメカニズムはよく分かっていません。
T:萎縮性胃炎は、かなり昔に胃カメラで言われたことがあるな。じゃあ、ピロリ菌がいる可能性が高いのかな?
Dr:その可能性が高そうですね。胃・十二指腸潰瘍と言われたことはありますか?
T:若いころに十二指腸潰瘍になったことがあるよ。仕事がかなり忙しかったしストレスも多かったからね。今でもたまに痛むけどね。
Dr:胃・十二指腸潰瘍になる人の80~90%にピロリ菌いると言われています。やはり高橋さんはピロリ菌を調べてるべきですね。
T:ピロリ菌を除菌したら、胃がんにならずにすむかな?今からでも間に合うかな?
Dr:ピロリの除菌をしても残念ながら100%胃がんを予防することはできません。すでに萎縮性胃炎になってしまった箇所は長い時間をかけて修復されていきますが、その過程でがんが発生することがあります。ですから、除菌後も胃がん検診は必ず受ける必要があります。
T:油断はできないね。スキルス胃がんも除菌で予防できるんだよね?
Dr:スキルス胃がんの場合は、萎縮性胃炎を介さずになるので、より除菌効果があります。ですから、できるだけ早い年齢で除菌をしたいですね。中学生のうちからピロリ菌の検査を行って、胃がんを減らそうと試みている自治体もありますよ。
T:そりゃあいいね、ぜひやって欲しいね。
Dr:ただ、衛生環境の整った今の子供たちはピロリ菌の感染率がかなり低いので、全員を対象に調べるにはコストの問題があります。1974年の調査では10代のピロリ菌感染率は約20%でしたが、2014年には数%もありません。ちなみに、30代、40代でも、1974年は約70%、約90%だったのが、2014年では約10%、25%と激減しています。
T:これからは、胃がんもどんどん減ってくるんだろうね。
Dr:そうですね。ただ、60代と70代の人は、2014年時点でも約50%、約60%とまだ多いので、チェックが必要ですね。
T:じゃあ、何で胃がん検診にピロリ菌を加えないんだろうね。
Dr:ピロリ菌に感染していても胃がんであるとは限りませんし、胃がんになるとも限りません。費用対効果もですし、ピロリ菌を調べることが胃がんの死亡率を減らすことにつながるとは言えず、胃がん検診には加えられていません。でも、若い人も含めて積極的に公費でピロリ菌検査を行っている自治体が増えてきたので、将来は胃がんを撲滅できるようになるかもしれないですね。
T:予防できるがんを国で予防してくれるとありがたいね。
Dr:そうですね。そんな世の中になって欲しいですね。
~ちょっと一言~
ピロリ菌感染者の減少に比例して、胃がんは昔と比べて死亡率がどんどん低下しています。肝臓がんと同じく、胃がんは感染症のコントロールで予防できるので、将来は胃がん死亡率がゼロという日が来るかもしれませんね。