「医者に聞きたい!」ドクター都のほろ酔いがん相談

がんについて対話形式でじっくりと分かりやすく説明していきます。ほろ酔いで(笑)

ケース30 がんにまつわる嘘

今回登場するのは、ケース4、22で登場した大腸がん手術後の柴田さんです。

ご自身が大腸がんになってから、世間にあふれる様々ながん情報が気になってきたということですが…。

 

 

柴田さん(以下S):がんになってからというもの、ネットやら週刊誌やらであらゆるがん情報を気にするようになりましたが、いろいろありすぎて何を信じていいのか分からなくなりますね…。

 

Dr都(以下M):あー、一般の方はそうなっちゃいますよね。

 

Dr立花(以下T):ネットの情報は信じず、医者の言うことを信じるだけで大丈夫です!

 

M:もう、立花先生、変なこと言わないでよ。そんな簡単な問題じゃないんだから。

 

S:最近見たのは、「WHOは抗がん剤を推奨していない」「アメリカではFDA抗がん剤を禁止している」というものでした。アメリカで使っていないというのは嘘だと分かるんですが、WHOの話は本当かどうか分からなくて…。

 

T:それ完全なデマですからね!

 

M:もう、うるさい!黙ってて! 立花先生の言うように、これは全くの嘘の情報です。日本人が英語で専門的なことを調べられないと思って、医療以外でも「アメリカでは~」とか「WHOでは~」といった情報がよく流されています。この情報の出どころは不明ですが、WHOで抗がん剤を禁止しているということは一切ありません。

 

S:やっぱりそうですよね…。あとはそれに関連して「日本のがん死亡率は、先進国の中で唯一上昇している。それは抗がん剤を使っているからだ。」というのもありました。

 

T:そんな訳ないじゃん!高額医療費制度があって、こんなに安価で高度な治療を受けられる国はないと思いますよ。

 

M:それも有名なやつですね。がん死亡者数は世界各国で増え続けており、日本も例外ではありません。どんなに医療が進歩してもそれ以上にがんが増え続けているため、死亡者数が減ることはありません。ただし、死亡率でいうと、日本は先進国の中でも特に低くなっています。この主張をしている人たちは、増加し続けている死亡数のデータを死亡率に見せかけて、死亡率が高いと主張しています。

 

S:ひどいですね。でも、なぜそのようなことをするのでしょうか?

 

M:こういった情報を流布している人たちの大元は民間療法ビジネスを行っている人たちです。抗がん剤=毒だとか、逆に寿命を縮めると言い、体に負担が無いとして民間療法を勧める手口なのかもしれませんね。

 

T:確かに抗がん剤は体への負担がない訳ではないけど、自分たちの利益のために嘘をつくのはけしからんな。だいたい、こういったやつらって製薬会社が儲けるためにとか言ってるんだよなぁ、自分たちが儲けようとしているのにね。

 

S:でも、抗がん剤って寿命を縮めてしまうこともあるんですよね…?

 

M:抗がん剤を行ったから寿命が縮まったのか、元からのがんの勢いで亡くなったのかどうかは検証しようがないので誰にも分かりません。ただ、副作用で亡くなる患者さんはいます、非常に稀ですが。特に昔の抗がん剤は奏効率が悪かったので、副作用ばかりが目立つことがありました。でも、今の抗がん剤はデメリットより、メリットの方がはるかに大きいですよ。

 

S:分かりました。では、がんは治療すべきでない、放置療法というんですよね、それはどうなんでしょうか?

 

T:がんもどきってやつね。あれを信じて、手術で根治できた可能性があるがんを放置しちゃって、最終的に亡くなった患者さんがいるみたいだよね。放置していたら転移して死にそうになった時に、「あなたは本当のがんだったんです。何をしても治らないので治療しなくてよかったですね。」なんていうらしいじゃない。

 

S:えー、そうなんですか?

 

M:放置療法に対して反論してる医師は少なからずいて、その先生たちが経験した症例として、立花先生が言うような話は有名です。放置療法の理論はこんな感じです。「本物のがん」=転移するもの。これは治らないから、治療すると命を縮めたり体への負担が大きい。だから何もしない方が良い。「がんもどき」=放置していてもがんにならないし、消えてうこともあるので何もしない方が良い。がんもどきという表現はどうかと思いますが、前立腺がんや甲状腺がんのように放置しても何十年も大丈夫ながんも確かに存在します。ただ、他のがんまでひとくくりいするのは危険です。放置療法の最大の問題は、治療すれば根治できたかもしれない症例を見逃してしまうことですから。

 

T:放置しておけだなんて、楽な仕事だな。こっちは治すために必死になっているのに。 早い段階で手術していれば根治できたのにって患者さんを診るたびに、いつも悔しい思いをしているって言うのにさ。

 

M:うんうん、分かるよ。 

 

S:私の大腸がんは再発の可能性は数%はありますが、ほぼ根治と言われているので、手術できて良かったと思います。

 

M:柴田さんの場合はそれで良かったと思います。ただ、発見時にすでに転移してしまっているがんは根治はほぼ不可能で延命ということになってしまうので、そういった場合に放置療法を選ばれるのは選択肢の一つかなとは思います。標準治療には副作用がありますし、その人なりの考え方もあると思いますので、必ずしも標準治療が正解ではありません。

 

T:でもさ、今や抗がん剤も進んでいるし、5年以上生きられることもあるんだぜ。それなのに治療を選ばないってのは残念な感じがするな。治療しないという選択肢は尊重してもいいけど…。

 

M:そこで、放置療法のもう一つ問題点が出てきます。放置療法では、がんを治療すると必ず苦痛を伴うが、放置すれば何も苦しまずに死ねる。痛みはモルヒネで何とかなるし、症状が出たら対症療法で対応可能とうたっているのですが…

 

T:そんなわけないじゃん!出血や腸閉塞が起こることもあるし、乳がんが皮膚から顔を出すこともあるし、放置療法をして苦しみながら最期を迎えることなんてたくさんあるのに!無責任すぎるよ!

 

M:立花先生、抑えて抑えて。放置すれば、対症療法だけで苦しまずに安らかな最期を迎えられることはあるかもしれないけど、多くはないと私も思うよ。放置療法を崇拝している人って、放置療法で家族を亡くした人はほとんどおらず、標準治療に不満を持ってご家族が亡くなった方か、まだがんになっていない人が多いから、放置療法の最期については話が出てこないよね。

 

S:なんか恐ろしい話ですね…。

 

M:そうですね。全ての治療には合併症や副作用などのデメリットがありますが、通常はそれを天秤にかけてでも治療のメリットを選ばれます。でも、楽な選択肢を出されるとそれに流れてしまうのは、人間の心理として仕方がないのだと思います。それに、我々医療者にも問題はあります。がん患者さんの心のフォローができないままに標準治療を勧めることで、不安が強くなったり拒否反応を起こした患者さんが安易な民間療法などに流れてしまうことがあります。

 

T:今の日本のシステムじゃあそこまでフォローするのは無理だよ。手術も外来もこんなに忙しくっちゃね。

 

S:私も外科の主治医の先生にもう少し聞きたいことがあるのですが、いつも外来が混雑しすぎていて、なかなかできずにいます…。

 

M:まあ、すぐには解決できない問題がたくさんありますね…。がんについて気軽に相談できるサロンみたいなのがあれば良いのですけどね。都がん相談居酒屋みたいなのを作るかなぁ。

 

S:絶対に行きます!

 

T:がん患者さんを前にお酒なんて、不謹慎な感じもするな。カフェでいいんじゃない?呑み助め(笑)

 

M:確かに(笑)

 

 

~ちょっと一言~

民間療法も放置療法もビジネスとなっていて、いかに標準治療を貶めて自分たちのところに誘導するかという感じです。データを出して標準治療より優れていることを証明したり、放置することのデメリットもきちんと伝えるなど、正々堂々としてくれれば良いのですが…。

 

 

 

ケース29 お孫さんの妊よう性を心配する財津さん(75歳女性)

今回登場する財津は、飲み仲間の私の友人から、お孫さんの妊よう性について相談したいということで紹介されました。

 

Dr都(以下Dr):お孫さんが白血病になられたのですか。

 

財津さん(以下Z):はい。16歳の孫娘で、離れて暮らしているのですが、一昨日入院したらしく、白血病疑いということで検査中です。診断が付いたらすぐに抗がん剤治療が始まるようです。それで…あの…急いで卵子凍結をさせてあげようと思っているのですが、どうして良いかわからなくて。

 

Dr:なるほど。卵子凍結のことをよくご存知でしたね。

 

Z:何年か前にテレビで「がんになっても子供が欲しい」という特集番組がありまして、それで知りました。妊よう性でしたかしら…?

 

Dr:はい。妊よう性とは妊娠のしやすさのことです。抗がん剤治療を行うと妊よう性が低下する可能性があるので、妊よう性を温存するためには抗がん剤を使用する前に卵巣凍結などを行う必要があります。もしかすると、今回のお孫さんの場合は難しいかもしれません。

 

Z:抗がん剤が始まる前に何とかならないものでしょうか。

 

Dr:凍結するための卵子を採取するためには、生理周期に合わせて排卵誘発剤など薬を使用するので、どんなに早くても2週間はかかりますし、通常は次の生理周期からになるので、6週間ほどみなければなりません。もし白血病だったとしたら、そこまで抗がん剤治療を待てないと思います。あとは、ホルモンを調整するので体への負担も大きいですね。

 

Z:そうですか…。では、卵巣凍結という方法はどうでしょうか…?当時の放送ではまだ臨床試験段階となっていましたがもう行われていますでしょうか…?

 

Dr:まだ臨床試験段階のままです。卵巣凍結法だと生理周期と関係なく行えますが、卵巣を採取するための手術をしなければなりません。白血病なのに段階でその手術を行えるかどうかは分かりませんし、もし手術が行えたとしても採取した卵巣にがんが存在するかもしれないというリスクはあります。

 

Z:大事な孫娘の将来のために何とかしてあげたいのに…。抗がん剤治療を行っても妊よう性が残る可能性はあるのでしょうか?

 

Dr:もちろんあります。ですから、白血病は何段階かに渡って抗がん剤をしなければならないので、その合間に卵子凍結を試みると良いですね。もしくは寛解期と言われる落ち着いた状態の時に採取しても良いと思います。そのためには、今の段階から卵子凍結ができる病院やクリニックを探しておいて、主治医と連携が取れるようにしておくべきですね。ちなみに、お孫さんがお住まいの地域に卵子凍結や卵巣凍結を行える病院やクリニックはありますか?

 

Z:調べてはいませんが、入院したのが大学病院なので大丈夫かと。

 

Dr:大学病院でも卵子凍結を行っている病院は限られていますよ。可能な施設が一つもない都道府県もあります。

 

Z:そうなんですね…。もしもの時は、テレビに出ていた大学病院が私の家の近くになので転院も考えます。もともと、卵子凍結の費用は私たち祖父母で持とうと思っていたので。

 

Dr:卵子の採取も凍結も保険が効かず結構高額になりますから、それはありがたいと思います。もし白血病だとしたら、まず治すことに専念しなければならないし、妊よう性のことまで考える余裕はないかもしれませんが、財津さんがそこまで考えているということを伝えてあげると心強いと思いますよ。

 

Z:分かりました。タイミングを見て伝えてみます。

 

 

Dr:でも、良い時代になりましたね。

 

Z:どういうことですか? 

 

Dr:以前は医者も治すことだけを考えて、妊よう性のことがあまり話題にならなかったんですよ。治療上起こりうるものだから仕方ないって。子供が産めなくなる可能性を知らされずに小児期やAYA世代に抗がん剤治療を行われ、妊娠可能な時期になってからその事実を知ったという患者さんも少なくありませんでした。たとえ治療に専念しなければならなくて、妊よう性を失う可能性があるとしても、やはり知っておきたいですね。

 

Z:ごめんなさい、AYA世代って何でしょうか?

 

Dr:Adolescents and Young Adultsの略で、思春期・若年成人(15~39歳)のことを指します。小児やAYA世代のがん患者さんの場合は、まだ人間としての成長過程なので、治療以外のこと、例えば、皆と同じように成長できるかとか、卒業や就職できるかなど、家庭を持てるかといった長い長い将来への不安があります。それなのに、政府のがん対策でも、最近までこの世代への対策がすっぽりと抜けていました。特に抗がん剤と妊よう性に関しては、2014年にやっと癌学会や婦人科学会などで取り上げられるようになってきたくらい遅れています。

 

Z:私の孫も同じようなことで悩むのでしょうね。妊よう性についてだけでなく、精神的なものへの対策も進んでいるのでしょうか。

 

Dr:政府は教育や就職、経済的支援などへの対策を打ち出したり、AYA拠点病院を計画していますが、まだまだですね。妊よう性に関しては、2017年に「小児、AYAがん患者対する妊よう性温存の診療ガイドライン」が作られました。妊よう性温存治療ができない都道府県もありますが、 とりあえずは一歩進んだと思います。

 

Z:あら、もうこんな時間ですね。明日朝一で孫のところに行く予定なので、この辺で失礼いたします。どうも有難うございました。白血病ではないと良いのですが…。

 

Dr:私もそうでないことを願っています。こんなに思ってくれるおばあちゃんがいて、お孫さんは幸せですね。

 

 

~ちょっと一言~

今回は女性の小児・AYA世代の話題でしたが、この妊よう性には男性も含まれています。男性の白血病や精巣がんも、やっと妊よう性について医師から説明があったり、精子の採取・凍結保存が行われるようになってきました。精子を凍結保存してくれる施設が少ないなどの問題はありますが、補助金なども含めて政府の対策が進んでくれることを願います。

ケース28 在宅緩和ケアについての話題

前回凹んでいた立花先生はだいぶ立ち直ってきたようです。

今回は前回話題に出たホスピスから、在宅緩和ケアの話題です。

 

Dr立花(以下C):先日はありがとう。凹んでいたから助かったよ。

 

Dr都(以下M):どういたしまして。今日はどうしたの?

 

C:前回最後の方でホスピスの話が出たじゃない?あれからホスピスについて調べたよ。恥ずかしながら、ホスピス=がん患者さんが最期を過ごす病院って思っていたけど、「全人的に患者さんをケアする」考え方のことなんだね。

 

M:そうそう。実は外国でもホスピス=死にゆく場所みたいなイメージがついちゃってて、世界中でホスピスという言葉が使われなくなってきているんだ。日本も同じで、最近では緩和ケア病棟、もしくはホスピス・緩和ケア病棟と表現されることが多いね。

 

T:何も治療ができなくなった患者さんに、最期を迎える場所についての話をするのがちょっと苦手なんだよ。患者さんはホスピス・緩和ケア病棟について調べているのかなぁ。

 

M:2012年に日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団が行った「ホスピス・緩和ケアに関する意識調査」によると、ホスピス病棟や緩和ケア病棟について「よく知っている」が13.0%、「ある程度は知っている」は48.4%という結果だったんだ。患者さん側も知ってはいると思うよ。

 

C:実は、昔ね、もう何も治療がなくなった患者さんに「ホスピスを探してください」と言ったら激高されてさ。「先生は、俺に死に行けというのか」って…。それが苦手になったきっかけなんだ。

 

M:その誤解はいまだにあるよね。緩和ケアは診断早期から始めるものだし、ホスピス病棟・緩和ケア病棟でも症状が良くなったら退院できるのにね。

 

C:そうなんだ?いったん入院したら最期までいるのかと思っていたよ。

 

M:違う違う。ホスピス・緩和ケア病棟で落ち着いたら在宅診療へ移行することもあるよ。逆に在宅診療できつくなったら病棟へという選択肢もあるんだよ。ホスピス・緩和ケア病棟はまだまだ足りないから、在宅診療と連携することで多くの患者さんが利用できたらいいなと思う。

 

C:俺の患者さんもホスピス・緩和ケア病棟を探すのにだいぶ苦労しているみたいだったな。

 

M:一般病院の医者ってホスピス・緩和ケア病棟や在宅診療への紹介が遅れがちなんだよね。緩和ケアの誤解を解いて、もっと早くから緩和ケアを始めないと。特に在宅診療の場合、ギリギリまで病院で診ていてあと数日って時に自宅に戻されることがあるんだけど、自宅に戻ってすぐに亡くなられても、在宅医との信頼関係を築けなくて困っちゃうよ。

 

C:その患者さんの誤解を解くのが難しいんだけどさ。俺の病院にも緩和ケアチームがあればいいのになぁ。

 

M:まあ、手術や外来で忙しい医者に何でもかんでもしろというのは厳しいよね。あとは、患者さんも緩和ケア病棟や在宅緩和ケアについてあまりよく分かっていないから、遅れちゃうんだろうけどね。

 

C:そんなに知られていないんだ?

 

M:先ほどの意識調査では、ホスピス病棟や緩和ケア病棟の認知度が6割だったのに比べて、在宅緩和ケアは35%くらいしかないんだ。

 

C:俺も在宅緩和ケアについてはあまり知らないしな…。ケースワーカーさんから、「ホスピス・緩和ケア病棟は入れないので、在宅診療になりました」という報告は受けるけど…。

 

M:さっきの意識調査によると。「もしあなたががんで余命が1~2か月に限られていたら、自宅で最期を過ごしたいと思いますか」に対して8割以上の人が自宅で過ごしたいと回答していたんだ。でも、「自宅で過ごしたいが、実現は難しいと思う」と回答した人が6割もいたんだよ。

 

C:やっぱり自宅がいいんだよね。でもなぜ実現は難しいと感じているんだろう。在宅だと最期を看取れないと思っているのかな?

 

M:うーんそれよりも他の問題かな。先ほどの続きで「自宅で最期を過ごすためにどのような条件が必要だと思いますか」という質問に対して、「介護してくれる家族がいること」「家族にあまり負担がかからないこと」と回答した人が過半数いたんだ。在宅には、面会制限なく家族がそばにいられるという最大のメリットがある反面、それが負担になるんじゃないかという心配ががあるんだと思う。

 

C:でも、そのあたりは医療サービスでサポートできるんじゃない?

 

M:訪問介護訪問看護などのサービスを手厚くすれば家族の負担は減るんだろうけど、今度は家族への「経済的な負担」になっちゃうかな。

 

そういえば、さっきの質問で過半数はいかなかったけど、「急変時の医療体制があること」「自宅に往診してくれる医師がいること」が必要という回答もあったんだよ。

 

C:やっぱりそこは気になるよね。在宅緩和ケアだと、急変時はどうするの?

 

M:医者が駆けつけられれば理想だけど、他の診療に当たっている時や夜中だと難しいことがあるんだ。ほとんどの在宅訪問診療クリニックが24時間対応の訪問看護ステーションと提携しているから、そこにお願いすることもあるね。最終手段としては提携先の病院に搬送してもらうこともある。

 

C:なるほどね。皆で連携してカバーしあうことが大事だな。

 

M:在宅医と患者さんの間で「最期」についてしっかりと共有されていて、かつ医療機関同士が連携が取れている場合は、急変時でも問題はほとんど起こらないね。ただやっぱり、「最期」の迎え方について十分なコミュニケーションが取れていない場合や、医療機関同士の連携がうまくいっていない場合はトラブルが起こることがあるね。

 

C:コミュニケーションか…俺も気をつけなきゃな。自宅に戻った患者さんは、在宅医に任せちゃって、もう俺の手を離れたと思っちゃうもんな。

 

M:在宅に移行する際には、病院主治医との関係は重要なんだから気を付けてよ。特に、患者さんが「病院を追い出された」「見放された」なんて気持ちのまま在宅に移行したら、その後が大変なんだからさ。頼みますよ!

 

C:はい…気を付けます。

 

 

~ちょっと一言~

在宅訪問診療では末期がん患者さんには結構な加算が付きます。加算目的で、緩和ケアの知識も乏しく、常勤医も不足している中で、末期がん患者さんへのずさんな訪問診療を行っているクリニックも少なくありません。患者さん側がそれを見極めるのは難しいかもしれませんが、せっかく自宅での最期を選んだからには、よい医療者に当たって欲しいです。

ケース27 余命に関する誤解

ケース6に出てきた、外科の立花先生との飲み会でのお話です。

 

 

Dr都(以下M):立花先生、久しぶり!今日はお誘いありがとう。

 

Dr立花(以下T):ちょっとやりきれないことがあってね…飲みに突き当ってくれ。

 

M:どうしたの?

 

T:実はさ、胃がんの患者さんに余命の話をしたんだけど、それよりかなり早く亡くなっちゃって、家族からクレームが入ったんだよ。

 

M:えーっ、何で言っちゃったの?立花先生らしくないね。

 

T:はじめは俺だって断ったよ。でも、「外れても文句は言いません。残った仕事のめどをつけるたいので教えてください」なんて言われてさ。

 

M:私も同じこと言われたことがある。で、言っちゃったんだ。

  

T:それでも「急変することもあるし、長生きすることもある。余命なんて分からないんですよ。」と余命については言わないようにしたんだよ。でも、その患者さんの家族が「余命が分からないなんて、この先生がん治療の経験が浅いんじゃない」なんてひそひそ話しているのが聞こえちゃったもんだから…

 

M:確かに、医者が余命を考えるときには、自らの経験とこれまで分かっているがんのデータをもとに推測するからね。患者さん側も経験豊富な医者だったら、余命を当てられると勘違いするのも仕方ないかもね。

T:そう、データはあくまでデータだから、間違いなくそこに医者の経験が加わるんだけどさ…。

 

M:でもさ、がんセンターの医者でも当てられないんだよ。国立がん研究センター中央病院で治療を受けている進行がん75人の予後について、医者が事前に予測できたかという研究があって、正確に予測できたのは3割くらいだったって。1/3の医者が予後を短く予測し、1/3の医者は長く予測したというから、本当に難しいんだよ。

 

T:そういえば、余命ってなんでこんなに難しいんだろうね。

 

M:患者さんは亡くなるちょっと前まで全身状態が良いことが多いからかなぁ。いったん症状が出ちゃってからは、急なことが多いよね。いよいよってなった時の、「あと数日です。」という予測はしやすいんだけどね。そういえば、緩和医療学会のガイドラインで、PPI(Palliative Prognostic Index)」と呼ばれる予後予測ツールがあるんだよ。

 

T:何それ、初めて聞いたよ。予後が予測できるんだ??

 

M:がん患者さんの全身状態、経口摂取、浮腫、呼吸困難、せん妄などの症状を数値化して、点数が高い場合、3週間以内に死亡する確率を85%の精度で予測できるというものなんだ。

 

T:確かに、それらの症状があれば、残りは長くはないと思うよね。でも、症状がいつ出るかは分からないからなぁ。進行がんで多臓器転移があっても、何の症状もない患者さんもいるしな。

 

M:いるいる。多臓器転移しているのに、何の症状もないまま、朝起きたら亡くなっていたというパターンも経験したことあるよ。

  

T:そう考えると、やっぱり難しいねぇ。都は患者さんから余命のことを聞かれた時に、なんて答えるの?

 

M:そうだなぁ。「誰にもわからないものです」なんて言っても通じないことの方が多いしね。そもそも患者さんは何で予後を知りたがると思う?

 

T:不安だから…?

 

M:それもあると思う。私なら「なぜ余命を知りたいんですか?」とまず聞くかな。そうすると、患者さんは、病気や死に対する大きな不安や、もしかするとやり残したこと、例えば仕事だとか、娘さんが結婚式を控えているとかがあるのかもしれない。患者さん自身も本当は余命なんて聞くのが怖いけど、聞くからには何かしらの強い思いがあるんだと思う。

 

T:なるほどね。だからと言って余命を伝えるの?

 

M:ううん。まずそこで患者さんの本音というか希望が聞ける訳じゃない。そうしたらそこに共感して、本人の希望に合った治療プランを考えていくんだ。そして一番大事なのは誤解を解いてあげることかな。進行がんであっても必ずしも症状が出る訳ではなく、痛みなどは程度対症療法で緩和できるので、これまで通りの生活が送れることが多いということ。ただし、いくつかの症状が出始めたら、その後は急に悪化していくことがあるということ。これらを理解してもらうことで、患者さんの負担がだいぶ軽くなると思う。

 

 

T:なるほど、それはいいね。使わせてもらおう。

 

M:いずれがんの症状が悪化して、いよいよという時がくるかもしれない。その時まであせらずにどっしりと構えて、できること、残されたことをやってもらうのが理想的かな。

 

 

T:「最悪に備えて最善を尽くす」だな。

 

M:そうそう、そんな感じ。対症療法で元気に旅行に行ったり、自分らしく過ごしている患者さんはたくさんいるからね。今は緩和ケアも発達しているし、患者さんを最期までサポートしやすくなったよね。

 

T:ホスピスはまだ足りないけどね。 

 

M:立花先生、ホスピスって終末期のケアを行う病院のことだと思っていない?

 

T:え、違うの?

 

M:違うよ。んー、長くなるのでホスピスの話はまた今度。患者さんの件、お疲れさまでした。とりあえず飲もう!元気を出して。

 

 

 

~ちょっと一言~

進行がん、特に末期になってくるとほとんどの患者さんが余命を気にします。ずっと下り坂を転げ落ちるように悪くなるイメージでいると不安が強いですが、いよいよという時まで元気に日常生活を送れることが多いと伝えると、皆さんだいぶ気持ちが楽になります。まずはその誤解を解いてあげることですね。

ケース26 乳房再建手術について悩む吉澤さん夫婦(48歳、女性)

吉澤さんの奥さまは5年前に乳がんで左の乳房全的術を行っています。

術後の抗がん剤治療も済んで落ち着いたところで、乳房再建手術のことを考える余裕が出てきたようです。

 

 

吉澤さん(以下Y):都先生、実はうちの妻が乳房再建手術を受けると言っているんだけど、ちょっと相談に乗ってよ。

 

Dr都(以下Dr):乳がんの手術をされていたんですね?知りませんでしたよ!5年経って再発はしていなのですね?

 

Y:5年前に左の乳房全摘出術を行って、その後5年間ホルモン治療を行って、今のところ再発はないよ。

 

Dr:良いですね。5年前の手術時は乳房再建を考えなかったのですか?

 

Y:実は、乳がんの診断から手術まで妻がひとりで決めてしまって…。私と子供たちには、夕食の時に「お母さんは乳がんになりました。○月○日に手術をします。」と突然告げられて、晴天の霹靂だったなぁ。

 

Dr:強い奥様ですね…。

 

Y:はい。乳房再建手術について何も相談されなくて…。

 

Dr:そうでしたか。NPO法人エンパワリングブレストキャンサーが行った「乳房再建手術に関するアンケート調査2015年版」によると、「乳房再建手術を受ける前の相談相手」についての質問で、①夫 40.8%、②家族(夫以外) 37.9%、③友人・知人  32.7%、④自分ひとりで決断してから事後報告 13.3%、⑤誰にも相談していない 9.5%という結果でした。自身で決断される人が2割ほどいらしゃるようです。

 

Y:情けない話なんだけど、乳房を失うのは妻なので、男性の私が口を出せることではないのかなと…。今思うと、不安はあったんだろうとは思うけど…。

  

Dr:先ほどの調査では「乳房を失うことへの不安感」への回答で、「まずは治療に専念しようと思った」「命が助かるならやむを得ない」がお子さんがいる既婚者ではダントツに多く、7割前後ありました。「どうしていいかわからなくなった」が4割、「再建手術があるので不安はなかった」が3割という結果でしたよ。奥様がどうだったかは分かりませんが。

 

Y:リンパ節転移があることを気にしていたので、まずは治療に専念しようと思ったのかもしれない。そして、ホルモン剤を5年飲み終わった時点で、今再建手術の話が出たのかなと。

 

Dr:そうかもしれませんね。あとは、当時は再建手術が今ほど盛んではなかったですし、情報が少ない分不安も多かったのかもしれません。

 

 Y:実は私もよく分かっていないので、再建手術について教えてもらえないかな。

 

Dr:分かりました。まず、乳房再建手術には自家組織を用いたものとインプラント(人工物)を用いたもの2種類があります。

 

Y:妻はシリコンが何とかとか言ってたな、それがインプラントのことかな?

   

Dr:そうです。インプラントは、おそらく奥様が手術された当時は保険が効かず、自費で100万円くらいかかっていたのですが、今では保険が効くので選択される方が増えてきています。インプラントの場合は、入れる前にティシューエキスパンダー(以下TE)というバッグを挿入して、3か月~6か月かけて皮膚やその周辺の組織を延ばさなければなりません。TEを埋め込む手術と、TEとインプラントを入れ替える手術の2回手術が必要になります。

 

Y:やっぱり硬いの…?変なことを聞いてすまない。

 

Dr:たぶん、男性がイメージしている硬さよりは柔らかいですよ(笑)乳房がかなり垂れている場合には難しいですが、見た目もきれいにできます。

 

Y:異物だよね…入れることで危険はあるの?破裂とか…?

 

Dr:異物なのでアレルギー反応が起こる可能性はゼロではありませんが、基本的には起こりません。昔の液状タイプの場合は、破損した場合に中の液が漏れて、それでアレルギーが起こることがありました。破損する可能性は10年で1、2割ほどありますが、現在のインプラントはジェル状なので多少破損しても漏れにくくなっています。

 

Y:10年で1、2割も破損するんだね。

 

Dr:はい。なので、再建手術後も定期的にチェックしなければなりません。気付かないくらいの小さな破損が起こることもあるので、10年での入れ替えを勧めている病院が多いですね。

 

Y:妻は今48歳だから、あと何回かは手術が必要なのか…。

 

Dr:感染が起こった場合や、乳房の中で移動してしまった場合、被膜拘縮と言ってインプラントを包んでいる膜が堅くなってしまった場合などは、10年を待たずに再手術することもあります。

 

Y:なかなか大変だな…。もう一つの方法はそういったのはないの?

  

Dr:自家組織を用いた場合は、感染に強いですし、インプラントに特有な長期的な合併症はほとんどありません。最大の合併症は、移植した組織にうまく血流が行かず組織が壊死してしまうことです。壊死の範囲が大きければ再手術になり、再建した組織を除去しなければなりません。

 

Y:それは怖いね。それぞれ合併症は怖いねぇ。

 

Dr:そうですね。乳房を再建するためには結構大きめに皮膚、皮下脂肪、筋肉を取ってくるので、摘出した箇所には大きな傷とこれらの組織の欠損がおきます。体への負担も結構あります。手術時間も長いですし、入院期間も10~14日ほど必要です。

 

Y:自家組織だっけ…結構大変なんだね。

 

Dr:自家組織の場合、何より柔らかいですし、姿勢で形が自然に変化する、加齢による乳房の下垂も自然だというメリットがあります。インプラントの場合は、手術していない側は乳房の下垂しても、インプラント側は保ったままで左右差ができます。

 

Y:左右差が出るとつらいだろうね。それぞれメリットとデメリットがあるんだね。ふーっ、勇気を出して乳房再建手術について妻に話しかけてみるよ。夫婦だしね、俺の術式の選択に参加しなくちゃね。

 

Dr:ぜひ! 喜ぶと思いますよ。

 

ケース25 肺がんのステージ4で8年生存している千葉さん(65歳、女性) 後編

前回の続きです。

 

Dr都(以下Dr):えーと、どこまでお話ししましたっけ?

 

千葉さん(以下C): EGFR遺伝子が見つかったということろでしたよ(笑)

 

Dr:そうでした(笑)実はイレッサが世に出始めた時は、肺がんにEGFR遺伝子異常があるということが分かっていなかったんですよ。当時、イレッサはすごく効く人と全く効かない人がはっきりとしていて、効いている人の共通項が「日本人」「女性」「非喫煙者」でした。その人たちを調べてみるとEGRF遺伝子の異常が見つかったのです。

 

C:何だか順序が逆ですね。

 

Dr:はい、通常は異常な原因遺伝子を見つけて、それに対する分子標的薬を開発するのですが、イレッサは逆でした。ちなみに、肺がんのEGFRよりも前に、乳がんでHER2遺伝子の異常、GISTという腫瘍でkit遺伝子の異常が見つかっており、これらに対しては分子標的薬が開発されていました。

 

C:他にも分子標的薬はあるんですね。

 

Dr:この時期はちょうど遺伝子解析技術が進んでいたため、イレッサに続けと肺がんの遺伝子解析が一気に進みました。その後次々と分子標的薬が開発されるようになってきました。現在、肺がんの分子標的薬は9種類あります。他にも開発中のものがありますので、将来はもっと増えるでしょう。分子標的薬は他のがんでも開発が進んでおり、開発中の分子標的薬は800種類と言われています。

 

C:800種類も?!

 

Dr:その中で結果を出せるのは一部だとは思いますが、将来は分子標的薬が抗がん剤のの主役になる可能性があります。そうなると、例えば肺がんや大腸がんなど部位に関係なく、遺伝子異常だけで分子標的薬が使われるようになるでしょうね。現在も乳がん胃がんに共通したHER2と呼ばれる遺伝子の異常に対しては、同じ分子標的薬が使われています。

 

C:すごい世界になりそうですね。がんを克服できる日も近いのでは?

 

Dr:それがそう上手くも行かなくて、耐性ができて、一定期間が過ぎると分子標的薬が効かなくなるんですよ。

 

C:私のイレッサもそうでした。5年半を過ぎたくらいから少しずつがんが大きくなってきたので、6年目を前に効かなくなったと判断されました。ちょうどタグリッソ®という分子標的薬が出るタイミングだったので、それに変更して現在に至ります。

 

Dr:ダグリッソが効いているわけですね。イレッサなどのEGFR阻害薬を使用していると、通常は1~1.5年で耐性ができて効かなくなります。その原因として、耐性ができた肺がんの半数以上にT790Mという遺伝子に新しく異常ができるということが分かりました。タグリッソはそのT790Mの遺伝子異常に対しては有効なEGFR阻害薬です。

 

C:分子標的薬も良いことばかりではないんですね。

 

Dr:そうですね。千葉さんも苦労された副作用もあるし、効いていてもいずれ耐性はできますから、がんを完全に克服するというのは難しいんです。もちろん従来の抗がん剤よりは効率も治療成績もよくなっています。

 

C:そうなんですね。私の場合は、EGFR遺伝子の異常があって良かったんですね。

 

Dr:千葉さんの肺がんの原因はEGFR遺伝子の異常ですが、その異常があったからこそ分子標的薬が使えて、肺がんでもここまで生きていられる…何か複雑ですが。

 

C:まあ…肺がんになった中ではラッキーだったと思うしかないですね。そういえば、オプ…何とかという高額な薬も肺がんに使えるようになったんですよね?

 

Dr:オプジーボ®ですね。免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれる新しい薬です。

 

C:何ですか、免疫チェックポイントって?

 

Dr:自己の免疫細胞はがん細胞を異物と認識し攻撃します。ところが、がん細胞は生き残りをかけてあるタンパクを作るようになります。免疫細胞がこのタンパクを感知すると攻撃にブレーキがかかり、がん細胞を攻撃できなくなります。この仕組みを免疫チェックポイントと言います。免疫チェックポイント阻害薬はその仕組みを壊し、再びがん細胞を攻撃できるようにする薬です。

 

 

C:私が効いたことがある免疫治療とは違いますね。

 

Dr:おそらくそれは免疫細胞を増やして投与する治療ではないでしょうか。もし免疫チェックポイントができていれば、どんなに免疫細胞を増やしてもほとんど意味がありません。

 

C:その免疫チェックポイント阻害薬は私も使えるのでしょうか?

 

Dr:今のタグリッソが効かなくなったタイミングで勧められるかもしれませんね。それまでの間に新しいEGFR阻害薬が出ているかもしれませんが。

 

C:じゃあ、まだまだ生きられそうですね。

 

Dr:そうですね。肺がん治療はここ数年でも新しい分子標的薬が承認され、日々変化しています。また、当時のイレッサの時と同様に、免疫チェックポイント阻害薬の効きやすい人効きにくい人が判断できるようになってきています。肺がんの治療は、がん細胞の持つ遺伝子やタンパクによって抗がん剤が選ばれる、テーラーメイド治療があらゆるがん種の中で最も進んでいると言えます。

 

C:すごいですね。でも、今回の講演会では、肺がん治療の良い面ばかりではなく、私も苦しんだ副作用のこともちゃんと取り上げてくださいね。

 

Dr:もちろんです。

 

 

~ちょっと一言~

肺がんの抗がん剤治療はテーラーメイド治療と言われるくらい個別化が進み、どんどん治療成績が伸びていて、肺がんで5年以上生存しているというのは今や珍しくはありません。しかし、どんな人が長期生存できるかを判断できる方法はまだありません。それが見つかると、治療成績がさらに伸び、将来は肺がんでも10年以上生存している人がごろごろいるという時代が来るかもしれません。

 

ケース24 肺がんのステージ4で8年生存している千葉さん(65歳、女性) 前編

千葉さんは、8年前に肺がんのステージ4と診断されましたが、完治はしていないものの抗がん剤治療を継続して元気に生活されています。

がん治療セミナーのスピーカーとして紹介してもらいました。今回は顔合わせと打ち合せです。

 

Dr都(以下Dr):はじめまして、今回はスピーカーを引き受けてくださり有難うございます。

 

千葉さん(以下C): 私なんかの経験がお役に立てるのであれば。

 

Dr:千葉さんは8年前に肺がんと診断されたのですね?どんな種類の肺がんでしたか?

 

C:腺がんでステージ4でした。現在も抗がん剤治療を行っています。

 

Dr:ステージ4の肺がんの5年生存率が5%もない中で、現在9年目ですか…すごいですね。これまでの治療経過を教えて頂けますか?

 

C:ステージ4でしたので、手術ではなくはじめから抗がん剤治療でした。シスプラチン+パクリタキセルを開始したのですが、副作用がひどくて半年で断念しました。EGFR(イージーエフアール)遺伝子に異常があるということでその後イレッサ®を開始しました。

 

Dr:現在では、EGFR遺伝子異常があればイレッサなどのEGFR阻害剤が第一選択となっていますが、当時はシスプラチンが第一選択でしたね。イレッサに対する不安などはありましたか?

 

C:イレッサの副作用による死亡や訴訟があることを知って不安は大きかったですが、他の抗がん剤より効くと言われ、諦めて使用しました。ところが、それがびっくりするくらい効いて、結局5年ほど使用しました。

 

Dr:確かにイレッサはいろいろなことがありましたね。でも、イレッサをきっかけに肺がん治療が劇的に変わり、長期生存する患者さんが増えました。

 

C:患者会などに参加しても、私のようにステージ4や再発した人でも5年以上生きている人を見かけます。私の場合、主治医から「まずは2年を目指しましょう」と言われ、私の命は2年なのかと悲嘆にくれたものですが。肺がんの治療にどのような変化があったのですか?

 

Dr:肺がんには、腺がん、扁平上皮がん、小細胞がん、大細胞がんの4種類があります。その中で、小細胞がんは非常に進行が早く転移しやすいので、治療を考える時には、小細胞がんと非小細胞がんの2つに分けて考えます。

 

C:私の場合は、非小細胞がんになるのですね。

 

Dr:そうです。非小細胞がんの中で最も腺がんが多く、肺がん全体の50~60%を占めます。この腺がんの治療が、イレッサなどの分子標的薬で大きく変わりました。ちなみに、腺がん以外はここ10数年、あまり効果的な治療法は見つかっていません。

 

C:分子標的薬…ですか?

 

Dr:分子標的薬というのは、病気の細胞の表面にあるたんぱく質や遺伝子をターゲットとする薬です。分子標的薬以前の抗がん剤は、がん細胞だけでなく正常な細胞も攻撃してしまうので、治療効率も悪い上に副作用も強く出ることが少なくありませんでした。分子標的薬にも副作用はありますが、がん細胞を効率的に狙うことができます。以前の抗がん剤は奏効率(効く割合のこと)が10~30%ほどしかなかったのに対して、分子標的薬の奏効率は60~80%もあります。

  

C:それはすごいですね!

 

Dr:現在、肺腺がんでは、EGFR、KRAS、ALK、HER2、RET、ROS1、BRAFなどの遺伝子異常が見つかっています。そのうち、EGFR、ALK、ROS1、BRAFに対してはすでに分子標的薬が使われています。他の遺伝子異常に対しても現在治験中です。

 

C:肺がんの治療ってこんなにも進んでいるんですね。

 

Dr:他のがんで、ここまで遺伝子異常に対して分子標的薬の治療が進んでいるものはありません。将来的には、他のがんでも様々な原因遺伝子が判明して、分子標的薬だらけになると思います。でも、肺がんも原因遺伝子が判明したのは、ここ10数年なんですよ。

 

C:こんなにたくさん種類があるのにですか?

 

Dr:そうです。そのきっかけとなったのがイレッサです。少しイレッサの話をしますね。イレッサは2002年に世界で初めて日本で承認されました。従来の抗がん剤に対して奏効率が高いし、内服薬なので入院の必要もなく、またがんが消えてしまうくらい効く患者さんもいたので、当時は夢の新薬と呼ばれていました。しかし、誰構わずと使用し始めると、今度は副作用の間質性肺炎で亡くなる人が出てきました。これまでの抗がん剤と比べて頻度や抗がん剤による死亡率はあまり変わらなかったのですが、使用された患者数がかなり多かった分、副作用で亡くなった人数が目立つ結果となりました。

 

C:それが私が記事で見たものなんですね。

 

Dr:イレッサの場合は、良い面ばかりがクローズアップされ、患者だけでなく医師までもが副作用がないと思い込んでいることもありました。また内服薬であったため、がんの専門でない医師までもが処方したり、本来適応とならない患者さんにまで処方さたりと、異常な事態が起こっていました。

 

C:え…そんなことがありえるんですね。

 

Dr:一応添付文章には間質性肺炎について記載があったのですが、頻度や死亡することがあるとまでは記載されておらず、製薬会社側の説明が足りなかったと原告側は訴えていました。また同時に承認した国にも責任があると主張されていましたね。

 

C:そうですか…私はイレッサには感謝していますし、間質性肺炎は起こらなかったので、何とも言えないですが…

 

Dr:いや、でも良い薬ですよ。当時は使い方がおかしかっただけで。でも、千葉さんも副作用はありましたよね?

 

C:使い始めてから2週間ほどで顔や体にひどい湿疹ができました。外出ができないほどひどかったので主治医と相談したのですが、「皮膚症状が強い人はイレッサがよく効く」と言われたので、皮膚科で薬を処方してもらい何とか耐えました。2か月後のCTでがんが見えなくなっていてびっくりしました。湿疹は続いていましたが、それよりもがんが消えたことが嬉しくて、何とか耐えてみようと思いました。

 

Dr:イレッサの典型的な副作用ですね。ニキビのような皮疹は90%近くの確率で起こると言われています。間質性肺炎は起こらなかったのですか?

 

C:幸いにもありませんでした。湿疹は今でも少し残っていますよ、ほら。ひどくなったら皮膚科を受診し、普段はスキンケアを工夫することで何とか対応しています。

 

Dr:そこまで効いていたら止めづらいですね。そういえば、イレッサの副作用がマスコミをにぎわせた頃、海外の治験では従来の抗がん剤と比べて効果が変わらないという結果が出たので、あんなに処方されていたイレッサが一気に下火となりました。

 

C:でも、私の時はイレッサがありましたよ。

 

Dr:その後、EGFR遺伝子の発見という大きな転換期があったのですが、長くなるので少し休憩しましょう。