「医者に聞きたい!」ドクター都のほろ酔いがん相談

がんについて対話形式でじっくりと分かりやすく説明していきます。ほろ酔いで(笑)

ケース24 肺がんのステージ4で8年生存している千葉さん(65歳、女性) 前編

千葉さんは、8年前に肺がんのステージ4と診断されましたが、完治はしていないものの抗がん剤治療を継続して元気に生活されています。

がん治療セミナーのスピーカーとして紹介してもらいました。今回は顔合わせと打ち合せです。

 

Dr都(以下Dr):はじめまして、今回はスピーカーを引き受けてくださり有難うございます。

 

千葉さん(以下C): 私なんかの経験がお役に立てるのであれば。

 

Dr:千葉さんは8年前に肺がんと診断されたのですね?どんな種類の肺がんでしたか?

 

C:腺がんでステージ4でした。現在も抗がん剤治療を行っています。

 

Dr:ステージ4の肺がんの5年生存率が5%もない中で、現在9年目ですか…すごいですね。これまでの治療経過を教えて頂けますか?

 

C:ステージ4でしたので、手術ではなくはじめから抗がん剤治療でした。シスプラチン+パクリタキセルを開始したのですが、副作用がひどくて半年で断念しました。EGFR(イージーエフアール)遺伝子に異常があるということでその後イレッサ®を開始しました。

 

Dr:現在では、EGFR遺伝子異常があればイレッサなどのEGFR阻害剤が第一選択となっていますが、当時はシスプラチンが第一選択でしたね。イレッサに対する不安などはありましたか?

 

C:イレッサの副作用による死亡や訴訟があることを知って不安は大きかったですが、他の抗がん剤より効くと言われ、諦めて使用しました。ところが、それがびっくりするくらい効いて、結局5年ほど使用しました。

 

Dr:確かにイレッサはいろいろなことがありましたね。でも、イレッサをきっかけに肺がん治療が劇的に変わり、長期生存する患者さんが増えました。

 

C:患者会などに参加しても、私のようにステージ4や再発した人でも5年以上生きている人を見かけます。私の場合、主治医から「まずは2年を目指しましょう」と言われ、私の命は2年なのかと悲嘆にくれたものですが。肺がんの治療にどのような変化があったのですか?

 

Dr:肺がんには、腺がん、扁平上皮がん、小細胞がん、大細胞がんの4種類があります。その中で、小細胞がんは非常に進行が早く転移しやすいので、治療を考える時には、小細胞がんと非小細胞がんの2つに分けて考えます。

 

C:私の場合は、非小細胞がんになるのですね。

 

Dr:そうです。非小細胞がんの中で最も腺がんが多く、肺がん全体の50~60%を占めます。この腺がんの治療が、イレッサなどの分子標的薬で大きく変わりました。ちなみに、腺がん以外はここ10数年、あまり効果的な治療法は見つかっていません。

 

C:分子標的薬…ですか?

 

Dr:分子標的薬というのは、病気の細胞の表面にあるたんぱく質や遺伝子をターゲットとする薬です。分子標的薬以前の抗がん剤は、がん細胞だけでなく正常な細胞も攻撃してしまうので、治療効率も悪い上に副作用も強く出ることが少なくありませんでした。分子標的薬にも副作用はありますが、がん細胞を効率的に狙うことができます。以前の抗がん剤は奏効率(効く割合のこと)が10~30%ほどしかなかったのに対して、分子標的薬の奏効率は60~80%もあります。

  

C:それはすごいですね!

 

Dr:現在、肺腺がんでは、EGFR、KRAS、ALK、HER2、RET、ROS1、BRAFなどの遺伝子異常が見つかっています。そのうち、EGFR、ALK、ROS1、BRAFに対してはすでに分子標的薬が使われています。他の遺伝子異常に対しても現在治験中です。

 

C:肺がんの治療ってこんなにも進んでいるんですね。

 

Dr:他のがんで、ここまで遺伝子異常に対して分子標的薬の治療が進んでいるものはありません。将来的には、他のがんでも様々な原因遺伝子が判明して、分子標的薬だらけになると思います。でも、肺がんも原因遺伝子が判明したのは、ここ10数年なんですよ。

 

C:こんなにたくさん種類があるのにですか?

 

Dr:そうです。そのきっかけとなったのがイレッサです。少しイレッサの話をしますね。イレッサは2002年に世界で初めて日本で承認されました。従来の抗がん剤に対して奏効率が高いし、内服薬なので入院の必要もなく、またがんが消えてしまうくらい効く患者さんもいたので、当時は夢の新薬と呼ばれていました。しかし、誰構わずと使用し始めると、今度は副作用の間質性肺炎で亡くなる人が出てきました。これまでの抗がん剤と比べて頻度や抗がん剤による死亡率はあまり変わらなかったのですが、使用された患者数がかなり多かった分、副作用で亡くなった人数が目立つ結果となりました。

 

C:それが私が記事で見たものなんですね。

 

Dr:イレッサの場合は、良い面ばかりがクローズアップされ、患者だけでなく医師までもが副作用がないと思い込んでいることもありました。また内服薬であったため、がんの専門でない医師までもが処方したり、本来適応とならない患者さんにまで処方さたりと、異常な事態が起こっていました。

 

C:え…そんなことがありえるんですね。

 

Dr:一応添付文章には間質性肺炎について記載があったのですが、頻度や死亡することがあるとまでは記載されておらず、製薬会社側の説明が足りなかったと原告側は訴えていました。また同時に承認した国にも責任があると主張されていましたね。

 

C:そうですか…私はイレッサには感謝していますし、間質性肺炎は起こらなかったので、何とも言えないですが…

 

Dr:いや、でも良い薬ですよ。当時は使い方がおかしかっただけで。でも、千葉さんも副作用はありましたよね?

 

C:使い始めてから2週間ほどで顔や体にひどい湿疹ができました。外出ができないほどひどかったので主治医と相談したのですが、「皮膚症状が強い人はイレッサがよく効く」と言われたので、皮膚科で薬を処方してもらい何とか耐えました。2か月後のCTでがんが見えなくなっていてびっくりしました。湿疹は続いていましたが、それよりもがんが消えたことが嬉しくて、何とか耐えてみようと思いました。

 

Dr:イレッサの典型的な副作用ですね。ニキビのような皮疹は90%近くの確率で起こると言われています。間質性肺炎は起こらなかったのですか?

 

C:幸いにもありませんでした。湿疹は今でも少し残っていますよ、ほら。ひどくなったら皮膚科を受診し、普段はスキンケアを工夫することで何とか対応しています。

 

Dr:そこまで効いていたら止めづらいですね。そういえば、イレッサの副作用がマスコミをにぎわせた頃、海外の治験では従来の抗がん剤と比べて効果が変わらないという結果が出たので、あんなに処方されていたイレッサが一気に下火となりました。

 

C:でも、私の時はイレッサがありましたよ。

 

Dr:その後、EGFR遺伝子の発見という大きな転換期があったのですが、長くなるので少し休憩しましょう。