「医者に聞きたい!」ドクター都のほろ酔いがん相談

がんについて対話形式でじっくりと分かりやすく説明していきます。ほろ酔いで(笑)

ケース12 希少がんの患者さんを受け持つ医学生

今回登場するのは医学部の4年生の女子、梓さんです。彼女は私の医学部の先輩である磯野さんの娘さんで、現在臨床実習で希少がんと呼ばれるがんの患者さんを担当しているそうです。希少がんに関しては、がんを専門にしている医師以外は基本的に詳しくないため、私に尋ねるようにと連れてこられました。

希少がんとは一般の方にはなじみのない言葉ですが、様々な問題を抱えています。

 

 

 

 

磯野さん:娘が臨床実習で、軟部肉腫の患者さんを受け持っているらしく質問を受けたんだけど、私はあまり詳しくなくてさ、頼むよ。

 

梓さん:よろしくお願いします。

 

Dr都:分かりました。軟部肉腫とはまた稀な疾患ですね。聞きたいことというのは何ですか?

  

梓さん:軟部肉腫について勉強していると、主治医の先生の治療方針がガイドラインに書かれているのと違うなって感じて…。私の患者さんは切除可能で、かつ悪性度も高くないのに、化学療法を先にされていて…なぜだろうって…。

 

Dr都:うーん。そうですね。希少がんではたまに見られるんですよね…。

 

梓さん:希少がんって何だい?

 

Dr都:発生率が人口10万人あたり年間6人未満の稀ながんのことです。といっても分かりにくいですよね。では、例えば1年間あたり何人くらいの人ががんになると思いますか?

 

磯野さん:100万人くらいかな…

 

Dr都:正解です。そのうち、大腸がんが最も多くて約15万人、次が胃がんの13.2万人、

肺がん12.8万人、乳がん8.9万人、前立腺がん8.6万人です。 じゃあ、軟部肉腫はどれくらいだでしょう?

 

梓さん:100人くらい?

 

Dr都:残念、1500人くらいです。ただ、希少がんは種類が多く190種類ほどあるので、一つ一つは少なくても全体で見れば20%前後と多くの患者さんがいます。あと、希少がんは小児や若者に多いという特徴があります。

 

梓さん:軟部肉腫の患者さんも小児なんです…。

 

Dr都:そうでしたか…特に肉腫は小児に多いですからね。良くなってほしいですね。

 

梓さん:はい…。

 

Dr都:そうそう、希少がんは数が少ないので、専門医でも1年に数例くらいしか診ることがありません。一生経験しない医者もたくさんいます。実際、専門医でない場合には診断がつかずに治療が遅れてしまうことがあります。また、専門施設の病理医とそうでない施設の病理医*1では診断が少し異なることがあると言われています。

 *1 病理医:組織を顕微鏡で見て診断する医師

 

梓さん:えーーっ!その場合はどうなるんですか?

 

Dr都:正しい診断ができずに、適切な治療が行われない可能性がありますね。実際、希少がんの死亡率はかなり高いですから、診断の遅れが関係しているかもしれません。あとは、治療薬が少なく、開発もなかなか進まないのも要因でしょうね。

  

梓さん:どうして進まないんですか?

 

Dr都:まず、限られた国の研究費の中で、患者数が多いがんに研究費が優先的に分配されるため、希少がんの研究費が少ないということがあります。もうひとつ製薬会社も患者数の多いがんの治療薬の方が市場が大きいので、希少がんの治療薬の開発は積極的ではありません。

 

梓さん:小児に多いがんなんだから、積極的に開発して欲しいものね。市場関係なく。

 

磯野さん:成人でもそうだよ。がん以外の希な病気や難病などは研究があまり進んでおらず、新薬もなかなか出てこない。高血圧や糖尿病など患者数が多い病気では新薬が次々と出てくるのにね。

 

Dr都:そうですね。日本で行われる治験のほとんどは製薬会社が医師に依頼する企業型の治験なので、収益が見込める5大がんの治療薬の開発が優先されます。1つの薬を開発するのに数百億かかることを考えると、それも致し方ないのかなと思いますが…

 

梓さん:数百億?? そんなにするんですね…

 

磯野さん:確かに希少がんや希少疾患だと回収できない気がする。

 

Dr都:そういうこともあり、希少がんは海外で開発された薬を使用することが多いですね。その場合、ドラッグ・ラグという問題が起こってきます。 

 

梓さん:ドラッグ・ラグって、海外で承認された薬が日本で承認され使えるようになるまでの時間の差のことですよね。

 

磯野さん:お、よく知ってるな。

 

Dr都:日本では必要性が高い薬に関しては、製薬会社ではなく医師自らが薬を開発したり、治験を進められるよう「医師主導治験」という仕組みが作られました。しかし資金の問題があり、なかなか進んでいないという現状があります。

2017年3月のデータですが、海外で承認されている希少がんの治療薬のうち、実に36種類が日本では未承認となっています。がんの未承認薬のうち、実に7割以上が希少がんの治療薬なんです。

 

磯野さん:そんなにあるんだね…。アメリカなどはかなり研究開発につぎ込むっていうよね。

 

Dr都:はい。NIH(アメリカ国立衛生研究所)の予算が3兆円以上ありますが、同じような役割をする日本版NIHと言われているAMEDは1200億円くらいです。

 

磯野さん:30分の1か…すごい差だね。

 

梓さん:どうすればいいんだろう…

 

Dr都:まずはドラッグ・ラグの解消に関しては、海外で承認された薬が日本人でも同じような効果が出るか、副作用はどうかをあらためて調べるにも、患者数が少なすぎる上に医師や患者さんに治験の情報がうまく届いていないという現状があります。 

そこで国立がん研究センターは希少がんセンターを設置し、治験情報をホームページで公開したり、希少がんホットラインという電話相談窓口を開設したりしています。

 

磯野さん:それはいいね。

 

Dr都:もうひとつ、日本は希少がんに関して海外よりも承認を早める制度を作りました。通常、薬は3段階の治験を経て安全性と有効性を確認後に発売されるのですが、希少がんの治療薬の場合は2段階目で発売できるようにする制度です。3段階目を省くことで安全性や有効性については確実性が劣るものの、少人数の被験者と短時間で発売にこぎつけることができるので、日本での創薬に注目する海外企業も出てきました。

 

梓さん:新薬を使いたいという患者さんはたくさんいそう。

 

Dr都:いますね、これまで有効な治療法がなかったがんなどは特に。

最後に、希少がんはやはり集約化が大事になるので、疾患・分野別に専門家が集まってワーキンググループを作り、その検討がなされています。

 

梓さん:集約化って?

 

Dr都:専門的な病院を指定して患者さんを集める仕組みのことです。それができれば治験がしやすくなりますね。

 

磯野さん:集約化するべきだと思うな。

 

梓さん:でも、もし専門病院がとっても遠くにある場合なんかは、患者さんも通うのが大変ね。

 

Dr都:そうですね。それが集約化の一番のデメリットです。治験の研究費には旅費を出すほどの余裕はありませんから。

 

磯野さん:難しいねぇ。

 

Dr都:集約化のもう一つのメリットは、患者さんにとって最適な医療が行われることです。

 

 

梓さん:どういうことですか?

 

Dr都:毎日の忙しく診療を行い、また常に様々な病気の最新治療が出現する中、年に1人診るか診ないような患者さんに、医師の経験不足から最新の治療や最適な治療が行われないかもしれません。そうなると、患者さんが不利益を被ることになります。もしかすると、梓さんの患者さんもそういったケースなのかもしれませんよ。

 

 

梓さん:あっ!

 

Dr都:集約化して症例を集めた方が、医者の経験値や関心も上がり、標準治療が行われやすいんです。

 

磯野さん:なるほどね。

 

梓さん:そっか…。でも、担当患者さんは標準治療と違ったけど、手術もして根治できそうだし、結果としてはセーフかな。

 

Dr都:良かったです。

 

梓さん:都先生、お忙しい中、ありがとうござました。