「医者に聞きたい!」ドクター都のほろ酔いがん相談

がんについて対話形式でじっくりと分かりやすく説明していきます。ほろ酔いで(笑)

ケース25 肺がんのステージ4で8年生存している千葉さん(65歳、女性) 後編

前回の続きです。

 

Dr都(以下Dr):えーと、どこまでお話ししましたっけ?

 

千葉さん(以下C): EGFR遺伝子が見つかったということろでしたよ(笑)

 

Dr:そうでした(笑)実はイレッサが世に出始めた時は、肺がんにEGFR遺伝子異常があるということが分かっていなかったんですよ。当時、イレッサはすごく効く人と全く効かない人がはっきりとしていて、効いている人の共通項が「日本人」「女性」「非喫煙者」でした。その人たちを調べてみるとEGRF遺伝子の異常が見つかったのです。

 

C:何だか順序が逆ですね。

 

Dr:はい、通常は異常な原因遺伝子を見つけて、それに対する分子標的薬を開発するのですが、イレッサは逆でした。ちなみに、肺がんのEGFRよりも前に、乳がんでHER2遺伝子の異常、GISTという腫瘍でkit遺伝子の異常が見つかっており、これらに対しては分子標的薬が開発されていました。

 

C:他にも分子標的薬はあるんですね。

 

Dr:この時期はちょうど遺伝子解析技術が進んでいたため、イレッサに続けと肺がんの遺伝子解析が一気に進みました。その後次々と分子標的薬が開発されるようになってきました。現在、肺がんの分子標的薬は9種類あります。他にも開発中のものがありますので、将来はもっと増えるでしょう。分子標的薬は他のがんでも開発が進んでおり、開発中の分子標的薬は800種類と言われています。

 

C:800種類も?!

 

Dr:その中で結果を出せるのは一部だとは思いますが、将来は分子標的薬が抗がん剤のの主役になる可能性があります。そうなると、例えば肺がんや大腸がんなど部位に関係なく、遺伝子異常だけで分子標的薬が使われるようになるでしょうね。現在も乳がん胃がんに共通したHER2と呼ばれる遺伝子の異常に対しては、同じ分子標的薬が使われています。

 

C:すごい世界になりそうですね。がんを克服できる日も近いのでは?

 

Dr:それがそう上手くも行かなくて、耐性ができて、一定期間が過ぎると分子標的薬が効かなくなるんですよ。

 

C:私のイレッサもそうでした。5年半を過ぎたくらいから少しずつがんが大きくなってきたので、6年目を前に効かなくなったと判断されました。ちょうどタグリッソ®という分子標的薬が出るタイミングだったので、それに変更して現在に至ります。

 

Dr:ダグリッソが効いているわけですね。イレッサなどのEGFR阻害薬を使用していると、通常は1~1.5年で耐性ができて効かなくなります。その原因として、耐性ができた肺がんの半数以上にT790Mという遺伝子に新しく異常ができるということが分かりました。タグリッソはそのT790Mの遺伝子異常に対しては有効なEGFR阻害薬です。

 

C:分子標的薬も良いことばかりではないんですね。

 

Dr:そうですね。千葉さんも苦労された副作用もあるし、効いていてもいずれ耐性はできますから、がんを完全に克服するというのは難しいんです。もちろん従来の抗がん剤よりは効率も治療成績もよくなっています。

 

C:そうなんですね。私の場合は、EGFR遺伝子の異常があって良かったんですね。

 

Dr:千葉さんの肺がんの原因はEGFR遺伝子の異常ですが、その異常があったからこそ分子標的薬が使えて、肺がんでもここまで生きていられる…何か複雑ですが。

 

C:まあ…肺がんになった中ではラッキーだったと思うしかないですね。そういえば、オプ…何とかという高額な薬も肺がんに使えるようになったんですよね?

 

Dr:オプジーボ®ですね。免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれる新しい薬です。

 

C:何ですか、免疫チェックポイントって?

 

Dr:自己の免疫細胞はがん細胞を異物と認識し攻撃します。ところが、がん細胞は生き残りをかけてあるタンパクを作るようになります。免疫細胞がこのタンパクを感知すると攻撃にブレーキがかかり、がん細胞を攻撃できなくなります。この仕組みを免疫チェックポイントと言います。免疫チェックポイント阻害薬はその仕組みを壊し、再びがん細胞を攻撃できるようにする薬です。

 

 

C:私が効いたことがある免疫治療とは違いますね。

 

Dr:おそらくそれは免疫細胞を増やして投与する治療ではないでしょうか。もし免疫チェックポイントができていれば、どんなに免疫細胞を増やしてもほとんど意味がありません。

 

C:その免疫チェックポイント阻害薬は私も使えるのでしょうか?

 

Dr:今のタグリッソが効かなくなったタイミングで勧められるかもしれませんね。それまでの間に新しいEGFR阻害薬が出ているかもしれませんが。

 

C:じゃあ、まだまだ生きられそうですね。

 

Dr:そうですね。肺がん治療はここ数年でも新しい分子標的薬が承認され、日々変化しています。また、当時のイレッサの時と同様に、免疫チェックポイント阻害薬の効きやすい人効きにくい人が判断できるようになってきています。肺がんの治療は、がん細胞の持つ遺伝子やタンパクによって抗がん剤が選ばれる、テーラーメイド治療があらゆるがん種の中で最も進んでいると言えます。

 

C:すごいですね。でも、今回の講演会では、肺がん治療の良い面ばかりではなく、私も苦しんだ副作用のこともちゃんと取り上げてくださいね。

 

Dr:もちろんです。

 

 

~ちょっと一言~

肺がんの抗がん剤治療はテーラーメイド治療と言われるくらい個別化が進み、どんどん治療成績が伸びていて、肺がんで5年以上生存しているというのは今や珍しくはありません。しかし、どんな人が長期生存できるかを判断できる方法はまだありません。それが見つかると、治療成績がさらに伸び、将来は肺がんでも10年以上生存している人がごろごろいるという時代が来るかもしれません。