ケース13 いとこががんの民間療法にはまってしまったという川端さん
私の友人の川端さんは、いとこが乳がんと診断されたが治療を拒否して、がんの民間療法にはまってしまったそうです。
がんが進行してしまって、何やら大変なことになっているそうですが…
今回は民間療法に走る患者さんの気持ちについて考えてみたいと思います。
川端さん:都先生、聞いてくれよ! うちのいとこがさ、あのバイオリン弾いてる美人のいとこ。乳がんだったらしいわけよ。
Dr都:前に写真見せてもらったあの超美人ないとこさんね。乳がんは手術したのかな?
川端さん:それがさ、1年前に病院で診断されたけど、手術を拒否したらしいんだよ。うちの母ちゃん曰く、音楽家ってコンサートでドレスを着るじゃない、たぶんそれで手術を拒んだんじゃないかって。
Dr都:えー、乳がんは手術した方が良いんだけどな…まあ、ステージとかいろんな条件によるけど。
川端さん:担当の先生とは手術するしないでもめて、それっきりらしい。それでさ、今は超怪しいところに通っているらしいんだよ。
Dr都:怪しいところとは?
川端さん:気功とお札で治すとこだって。
Dr都:えー
川端さん:な、怪しいよな。はじめのうちは楽しそうに通っていたみたいなんだけど、最近息苦しそうだし、臭いにおいがしているみたいで、そこに出かける時以外は外出もしないでずっと家に閉じこもっているらしいんだよ。
Dr都:それって、たぶんだけど、乳がんが皮膚を突き破って出ているんだと思う。そうなるとすごい臭いがするから。息苦しいのは、もしかしたら胸の中に水がたまっているのかも。
川端さん:ひえー、恐ろしいな。そりゃあ外出できないわ。そうそう、それで病院に行って欲しいんだけど、拒否しているらしく、この前うちの母ちゃんにおばさんから泣きながら電話がかかってきたんだよ。
Dr都:そうか…予後は悪いかもしれないけど、抗がん剤治療をすれば少し長く生きられる可能性があるんだよね…。
川端さん:しっかし、頭いい子だったのに、なんでそんなのに引っかかるのかねぇ。
Dr都:そう思うのは、川端君が健康だからだよ。もしがんになったら同じようになるかもしれないよ。がん患者さんの約半数は何らかの民間療法の経験があるというデータもあるくらいだからね。
川端さん:うへっ、マジ? 前にさ、がんが治る水とか言って5000円くらいのペットボトルに入った水を飲んでいる人がいたけど、意味分かんないよ。
Dr都:うーん…。じゃあ、まずはどのようにしてがん患者さんが民間療法に流れるか、実際の患者さんの気持ちを通じて考えてみよっか。
まずね、初めてがんと診断される時、心の準備ができている人なんてほとんどいないから、もの凄い衝撃を受けるんだ。頭が真っ白になって何も考えられくなる。これは早期がんでも進行がんで、がんの再発でも同じような反応が起こるんだ。そんな時に医者が励まそうと「早期なので手術で治ります」とか言っても、まず耳に入ってこない。告知された日は、どうやって家に帰ったか覚えていないとか、医者が何を話したか覚えていないっていう人は多いね。
川端さん:…。
Dr都:そして。 数日の間に「何かの間違いだ」といった認めたくない気持ちが強ってくるんだ。これは、大きな衝撃から心を守ろうとする反応だね。そして「なぜ自分だけが」とか「何か悪いことをしたのか?」と孤独感や怒りを感じる人もいる。普通はこの段階では民間療法のことは考える余裕がなく、とりあえず、がんについてや今後の病院でするであろういわゆる標準治療のことについて調べる。
川端さん:うん、何となく想像できるかな。
Dr都:その後2週間ほどかけて現実を受け止め、少しずつ前を向き始めるんだけど、その時には標準治療の他に何か方法はないか探し始めるね。 これは進行がんや再発の人だけでなく、早期の人でも同じ。
川端さん:早期で見つかった人なんて、治る可能性が高いって説明されるだろうし、民間療法のことなんて調べないんじゃないの。
Dr都:んー、そうでもないんだ。例えば「早期なので95%根治できます」と医者から言われても、がん告知後のまだ精神が不安定な状態では、「自分は残り5%に入るかもしれない」って多くの人が思っちゃうんだ。
そんな時に”○○でがんが治りました”とか”がんを消す方法”って書いてあるものが目に入ったら、どう思う?
川端さん:揺れ動くかもね。
Dr都:そうなんだよ。「こっちを選んだら100%治るかも」って考えちゃうんだ。もちろん、進行がんや再発の人なんかは、標準治療で根治できる確率がかなり低いから、もっと揺れ動いちゃう。
川端さん:何となくは分かるんだけど、それでも民間療法を信じちゃうもの?
Dr都:病院側が告知直後から継続的に精神的なサポートができていれば、民間療法のことなんかも相談に乗ってあげていれば、民間療法を信じないかもね。残念ながら今の日本の病院でそれができるところは少ないんだ。告知された後、普通は次の外来が1週間後とか2週間後だから、その間ずっと、不安や死の恐怖とひとりで戦っているんだよね。
川端さん:ん…おかしくなっちゃいそうだな。
Dr都:国もそのことは分かっていて、2012年のがん対策推進基本計画では"がんと診断された早期からの緩和ケアの推進"がなされているんだ。
川端さん:緩和ケアって、末期の人たちが受けるやつじゃないの?がん痛みを取る…みたいな。
Dr都:その辺りが勘違いされているんだけど、緩和ケアの定義って、”がん患者とその家族が、質の高い治療・療養生活を送れるように、身体的症状の緩和や精神心理的な問題などを援助する”というものなんだ。だから、診断・告知された直後から精神的なケアをするのも、重要な緩和ケアなんだよ。
川端さん:初めて知ったよ。これ、もっと世間に知れ渡るべきだね。
Dr都:そうなんだけどね…。がんの専門医でも知らない人もいるし、何より日本ではマンパワーも足りていないので、全く進んでいないという現状があるんだ。
川端さん:そうなんだ。うちのいとこも、それができていれば民間療法に走らなかったかなぁ。
Dr都:あとは、主治医との信頼関係も重要だね。「主治医が話を聞いてくれない、聞ける雰囲気じゃない」とか「診断や治療に不信感がある」とか、信頼関係が築けない場合にも、患者さんが民間療法を選びがちになるかな。
川端さん:いとこは主治医とケンカしたって言ってたから、ちゃんと信頼関係が築けていなかったんだろうな…。
Dr都:そうかもしれないね。病院側の緩和ケアもだけど、家族や周囲のサポートも大事だよね。がんになったら、皆が支えてあげないといけない。
川端さん:でもさ、がんになった人にどんな風に声をかけていいか分かんないよ。ヘタなこと言って、「がんになったこともないのに、私の気持ちが分かるの?」なんて言われちゃったら…
Dr都:精神が不安定になっている時は言っちゃうことがあるかもね。でも、そういうのって一時的なものだから、めげずにさ、そばにいてあげた方がいいよ。それより、腫れ物に触るような接し方の方が、患者さんの孤独は深まると思うんだ。
川端さん:そっか…なるほどね。勇気を出していとこに会いに行ってみるかな。
Dr都:まあ、今のいとこさんの状態を考えると難しいかもしれないけど、行ってみる価値はあるかもね。
川端さん:お、メールが来た。母ちゃんからだ。えーっ…。
Dr都:どうしたの?
川端さん:例のいとこが、民間治療のところから「こんなに効かない人は初めてだ。あなたにはもう何もできない」と言われて、かなり落ち込んでいるらしい…。
Dr都:こんな時こそ緩和ケアの介入が必要だね。元の病院は本人も行きづらいだろうから。明日にでもうちのクリニックに連れてきてよ。
川端さん:分かった。ありがとう!