ケース2 がん細胞について調べているあんりちゃん(中学生女子)
今回登場するのは、近所に住む中学2年生のあんりちゃん。どこにでもいるような普通の中学生。
学校では生物部に入っていて、その生物部部内での研究発表でがん細胞をテーマにしてみようと思ったらしく、私を頼ってきたとのこと。
さすがに中学生相手なので、今回は飲んでいません(笑)
あんりちゃん:お久しぶりです、都…先生(笑) 今回はお医者さんとして聞ききたいことがあるので、先生って使ってみたけど、変な感じ(笑)
Dr都:あんりちゃんに先生って言われると、こっちも変な感じだよ(笑)
あんりちゃん:でも、その方が雰囲気でそうだし、それで!
Dr都:分かりました(笑)
あんりちゃん:私が生物部に入っているって知ってるよね?
Dr都:うん。でも、生物部ってどんなことをしているの?
あんりちゃん:植物や動物の生態を観察したり実験したり、いろいろかなぁ。
Dr都:うーん。オタクな集団なの?
あんりちゃん:一部はいるけど、犬とか動物が好きで入った人もいるし、いろいろだよ。私だって最初は動物が好きで何となく入ってみたんだもん。
Dr都:そうなんだね。
あんりちゃん:でも、生物部なのに理科が苦手という(笑)
Dr都:そうなんだ??
あんりちゃん:うーん。理科は平均点がやっと。まあでも、部活はいい人多いし、何よりのんびりしているのがいいよ。
Dr都:そっか。生物部というマニアックなのと、あんりちゃんのイメージがつながらなかったから。
あんりちゃん:でもやっぱり、研究はオタクだよ! 昔の全国大会でのテーマだけど、「ホットプレート上で揺れる円柱野菜の研究」とか、「湾曲するネギの研究」とかあったみたいだし。
Dr都:すごい(笑)
あんりちゃん:私はあんまりマニアックなのは苦手だから、都先生に頼れば何かいい研究ができるかもって、医学的な?ことでがん細胞を考えてみたの。
Dr都:他力本願(笑) でもまあ、ネギを研究するよりいいかもね。
あんりちゃん:いきなりだけど、がん細胞って手に入ったりする?
Dr都:えっ??? いや、無理だけど…
あんりちゃん:やっぱりかー
Dr都:突拍子もないことを言うから、びっくりしたよ(笑)
あんりちゃん:一応、部室に顕微鏡はあるし、見てみたいなと思ってさ…
Dr都:そっか。でもその好奇心はすごくいいね。がん細胞を直接見せることはできないけど、がん細胞についてはお話しできるから、その中に研究のヒントがあればいいかな。
あんりちゃん:ありがとう。じゃあ、早速質問。がん細胞って普通の細胞と何が違うの?
Dr都:あんりちゃんは生物部だから、人間の細胞について見たことある?
あんりちゃん:ない!人間の細胞って中学生でも手に入るの?
Dr都:うん。口の内側の粘膜を擦れば、すぐに取れるよ。
あんりちゃん:へーっ!今度やってみよう。
Dr都:じゃあ、植物とか動物の細胞は見たことある?
あんりちゃん:ある!授業でも部活でも見たよ。
Dr都:じゃあ、細胞分裂で核や染色体も見たかな?
あんりちゃん:玉ねぎの細胞分裂を見たよ。体細胞分裂だとか減数分裂だとか、常染色体とか性染色体とかよく分かんなかった。
Dr都:そ、そっか。じゃあ、まずは分裂と染色体について説明していこうかな。試験に出るところだよ。
あんりちゃん:都先生、ストップ! 今日は理科の授業を聞きに来たわけじゃないの!がん細胞についてざっくりと、中学生でも分かるように説明して欲しいの!
Dr都:ざっくり(笑)
あんりちゃん:そう、ざっくりと。私ホントに理科苦手なの。難しい話をされても、無理。学校に「がんのひみつ」って漫画があったけど、難しい単語が出てきたら読む気なくしちゃった。
Dr都:国立がんセンターが作ったあの漫画ね。じゃあ、あれが難しいというのであれば、あんりちゃんにも分かるようなレベルで話していくね。
あんりちゃん:レベルって失礼だなぁ(笑)
Dr都:ごめんごめん。
あんりちゃん:許す!だから、ホント分かりやすくお願い、小学生でも分かるくらいにさ。
Dr都:小学生(笑) じゃあ、そのレベルで。
あんりちゃん:お願いします。
Dr都:人間ってさ、いつかは死ぬじゃない? あれ、何で死んじゃうと思う?
あんりちゃん:えーっと、心臓が止まっちゃうから!
Dr都:そ、そうだね。じゃあ、心臓を人工心臓にして、永久的に止まらないようにしたら、いつまでも生きられると思う?
あんりちゃん:うーん。生きられないかな。いつかは老人になって死んじゃう気がする。
Dr都:そう、人間には必ず寿命があるの。それは細胞の寿命でもあるんだよ。
あんりちゃん:細胞の寿命?
Dr都:確かに、脳卒中や心筋梗塞で、急に脳や心臓の細胞が死んじゃうことで、生命が終わってしまうこともあるけど、そういったものが無くても、いつかは細胞が寿命を迎えて、生命も寿命を迎えるんだ。
あんりちゃん:じゃあ、1000年とか2000年も生きるのは無理ってこと?
Dr都:1000年(笑) 大きく出たね。人間の細胞寿命を考えると120年しか生きられないと言われているんだよ。
あんりちゃん:短っ!あ、そうでもないか。
Dr都:細胞には命のロウソクがあってね。知らないかな?
あんりちゃん:テレビの昔話で見たことある。ロウソクの火が消えたら死んじゃうってやつでしょ?
Dr都:そう、細胞にも同じようなものがあって、テロメアというんだけど、細胞分裂をするたびにそれがどんどん短くなっていくのね。
あんりちゃん:そして細胞が死んじゃうのね。でも、何で寿命ってあるんだろうね?
Dr都:良いところに気づいたね。寿命がないとどうなると思う?
あんりちゃん:不老不死!
Dr都:そう。じゃあ、不老不死の細胞って、テロメアはどうなっていると思う?
あんりちゃん:ロウソクが短くならないわけだけら、テロメアも短くならない。
Dr都:その通り。テロメアが短くならなければ、細胞はずっと生きていられるわけだ。その時に、細胞は分裂していると思う?していないと思う?
あんりちゃん:していない!だって、分裂したらテロメアが減るんでしょ?
Dr都:正解は、分裂しているんだ。ちょっと意地悪な質問だったかもしれないね。たとえ不老不死とはいえども、細胞は分裂しなければならないんだ。なぜだと思う?
あんりちゃん:難しいなぁ。ヒントちょうだい!
Dr都:ヒントねぇ。じゃあ、不老不死の人が転んで膝を深く擦りむいてしまいました。傷が治るには何が必要だと思う?
あんりちゃん:うーん。新しい細胞…かな?
Dr都:正解!失ってしまった体の一部を補うためには新しい細胞が必要なんだよね。じゃあ、その新しい細胞はどこから来ると思う?
あんりちゃん:細胞分裂で作る…とか?
Dr都:その通り。例えば出血した場合なども、新しい血液の細胞を作ることがでいなければ死んでしまうかもしれない。人間が生きていく上で、細胞分裂はなくてはならないものなんだ。ただ、普段はそんなに活発に分裂しているわけではなく、怪我や出血の時など必要な時に分裂を速めるような指令が出て調整されているんだ。
あんりちゃん:ふーん。じゃあ、細胞分裂をしててもテロメアが短くならないのは何で?
Dr都:テロメラーゼというテロメアを作る酵素があるんだけど、それが働き続ければ細胞は不老不死になるんだ。
あんりちゃん:ずるい感じ。ところで、不老不死とがん細胞はどういう関係があるの?
Dr都:実は、がん細胞はテロメラーゼが活発になっていて、テロメアが短くならないんだ。つまり、不老不死の細胞なんだよ。
あんりちゃん:そうなんだ!がん細胞が不老不死なのは分かったけど、細胞分裂はどうなっているの?
Dr都:ホント、良い質問だね。がん細胞は分裂のコントロールが狂って、増殖が速まっているんだ。
あんりちゃん:不老不死の細胞が速いスピードで増殖し続けるってこと?
Dr都:その通り。だから、がんがどんどん大きくなるんだ。人間の体って、成長期を過ぎて大人になったら、基本的に大きくならないじゃない?そのようにコントロールされているんだけど、がん細胞はどんどん大きくなっちゃうんだ。
あんりちゃん:人間の大きさくらいにもなっちゃう?
Dr都:栄養とそれを届ける血管があればなれるね。ただその前に、そんなに大きくなったらいろいろな臓器がやられちゃって人間が死んじゃうけどね。
あんりちゃん:そっか。都先生はどれくらいの大きさのがんを見たことがある?
Dr都:30㎝くらいかな。
あんりちゃん:ひえーーーっ、怖い!
Dr都:手術で摘出した時は、ビビったよ!
あんりちゃん:私は外科医は無理だな。
Dr都:外科は面白いよ、ぜひ外科医になって欲しいな。
あんりちゃん:いやいや、無理だから。勉強嫌いだし。でもさぁ、がん細胞ってどこから生まれるの?
Dr都:がん細胞ももとは普通の細胞なんだ。染色体のDNAはたくさんの遺伝子からできているんだけど…
あんりちゃん:ちょ、ちょっと待って!難しくなってきた。中学生にもわかるようにお願い。
Dr都:うん。まず、細胞の核の中に染色体があるのは知ってるし、見たことあるんだよね。その染色体を拡大してみると、ドレッドヘアのように巻き巻きになっているんだ。
あんりちゃん:ドレッド染色体(笑)
Dr都:染色体は1本1本のドレッドで、ドレッドヘアの元になる髪の毛がDNAなんだ。
あんりちゃん:イメージできた!
Dr都:そのDNAという1本のヒモは、短く区切られていて、それぞれに役割があるんだ。役割を持った区切られた1つ1つの部分を遺伝子と呼ぶんだ。
あんりちゃん:遺伝子!「あんりが片づけ苦手なのは、お父さんの遺伝子を引き継いだせいだね」ってお母さんに言われたことあるよ。
Dr都:…。DNAというのは人間の設計図で、遺伝子の組み合わせに方によってみんな異なるんだ。あんりちゃんは、お父さんとお母さんのDNAから遺伝子をそれぞれもらっているんだよ。
あんりちゃん:じゃあ、間違いなくお父さんの遺伝子が強いな(笑)
Dr都:話を戻すね(笑) 実は遺伝子って壊れやすいんだ。遺伝子が壊れる原因として、紫外線やタバコ、発がん性物質、ストレスなど様々なものがある。
あんりちゃん:紫外線って老化の原因になるんだよね?
Dr都:そう、よく知ってるね。
あんりちゃん:化粧品のCMでやってた。お母さんも言ってたかな。老化も遺伝子が壊れるせい?
Dr都:そうだね。実は人間の遺伝子は1日のうちに50万個も壊れていると言われているんだ。
あんりちゃん:そりゃ老化しそう(笑) でも、それだけ壊れたら遺伝子がすべて働かなくなっちゃうんじゃない?
Dr都:細胞は60兆個もあるし、各細胞に染色体が46本、1本染色体を作るDNAの中には2万個以上の遺伝子があって、途方もない数があるから大丈夫だよ。
あんりちゃん:なーんだ。
Dr都:でも、遺伝子の中でも特に大事な部分が壊れた時には、それを治す遺伝子があるんだ。
あんりちゃん:遺伝子の医者みたいなものだね。
Dr都:そうだね。治す遺伝子をがん抑制遺伝子と言います。
あんりちゃん:がんって言葉が出てきた!
Dr都:さっきのテロメラーゼを作る遺伝子や、分裂をコントロールする遺伝子が同時に壊れると、がんになっちゃう。そうならないようにがん抑制遺伝子が治しちゃう。
あんりちゃん:がん抑制遺伝子すごい!
Dr都:あと、がん抑制遺伝子のもう一つの働きとして、壊れた遺伝子を治せなかったら、その細胞に自ら命を絶ちなさいって命令するの。
あんりちゃん:ひえーっ、自殺させるの?
Dr都:自殺…まあ、そうだね。アポトーシスっていうんだけどね。
あんりちゃん:自殺はこわいから、アポトーシスって言おう。でも、そんな命令するのなら、がん抑制遺伝子は医者じゃないね。医者は死になさいって言わないもんね。
Dr都:そ、そうだね。がんにならないようにする遺伝子だと覚えたらいいよ。じゃあ、がん抑制遺伝子が壊れるたらどうなる?
あんりちゃん:がんになるのを止めるものがないね。
Dr都:そう、がん細胞は、がん抑制遺伝子が壊れているものが多いんだ。
あんりちゃん:そっか。がん抑制遺伝子と分裂を調整する遺伝子、テロメラーゼの遺伝子たちが壊れちゃうと、がん細胞に変わるってことでいいのかな。そして歯止めなく増え続けちゃう。
Dr都:その通り。すごいね、よくわかっているね。
あんりちゃん:あ、都先生、そろそろ友達と遊びに行く時間なんだ。
Dr都:了解。がん細胞の性質には、転移とかいろいろあるんだけど、また今度にしよう。
あんりちゃん:いや、これ以上難しい話はパンクしちゃいそうだから、止めとくね。今日もいっぱいいっぱいだもん。がん細胞の研究は難しそうだから、私がもし医学部に行くようなことあれば研究してみるよ。無いと思うけど。
Dr都:は、はい…